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第204話 俺自身として。

5.


 リオがイルクードにやって来て、二か月ほどが過ぎた。

 季節は冬に入り、船の外の海はところどころ凍結し、陸は一面の銀世界になる日が多くなった。

 船では晴れた日は甲板からの雪下ろしが行われ、むしろ以前よりも人の行き来が多く賑やかだ。

 リオはイルクードの女の仕事である、繕いものや毛皮や皮革の衣服の手入れなどを習い覚え、昼間はそれをやるのが日課になった。

 空いた時間はアストウが持ち込んでくれた本を読んで過ごすことが多かった。

 

「冬は家の中で閉じ籠ってやり過ごすしかない。そのために夏に準備をしておくのさ」


 アストウは北の部族の生活について、そう説明する。

 慣れない船室暮らしを送るリオのことをアストウはしきりに心配したが、リオは現在の生活に特に苦を感じていなかった。

 元々、生まれた時から常に誰かに飼われ囲われて生きてきた身だ。いつ何時も、あるじの気まぐれに従わなければならない生活に比べれば、行動の自由は制限されていても、気ままに過ごせる今の生活のほうがずっと気楽だった。

 昼間のうちに仕事を終え、さほど種類もない本を読み終えてしまうと、窓の外の月を見てぼんやりと物思いにふける。


 レニと一緒にいた時、大きな幸福を感じていた。だがその幸福は、それをいつ失うかわからない不安に耐える苦しみと隣り合わせだった。


 今は一緒にいることが出来る。レニも自分のことを慕ってくれている。

 だがこの先は……?


「寵姫」でいた時は、レニが自分に対してどんな気持ちを持っていたかが文字に書かれているように分かった。崇拝に近いような一途に慕う気持ちがいじらしく、嬉しかった。

 だが、何故だろう。

 自分が男であることを知られてからは、レニが自分のことをどう思っているのか分からず、絶えず不安な気持ちに襲われた。

 これから先、外の世界でさらに色々なことを経験し、女性としても成熟していけば、不遇な境遇の時に美しく優しい同性に目を奪われた気持ちなど、ただの憧れに過ぎなかった。

 そう思うようになるのではないか。

 そうなったとしても、レニは決して自分を見捨てない。宮廷から連れ出したことに責任を感じ、また性的な玩具として女の姿でいることを強いられてきた自分への同情から、最後まで面倒を見ようとするだろう。

 例え愛情が消え失せても、そもそもそんなものはなかったのだと気づいたとしても。


 そう、わかっていた。

 レニが責任と義務からのみ、自分から離れられなくなる未来。

 それこそが、自分を怯えさせていた悪夢なのだ、と。


 レニの側にいる幸福が大きければ大きいほど、こんなことがいつまでも続くはずがないと嘲笑う声も大きくなっていく。

 その声に打ちのめされるたびに、自分をこんな惨めな状態に陥らせたモノに対する憎悪が育っていく。

 レニを自分の下へ縛りつけることに、このような境遇に自分を閉じ込めた世界に復讐するという暗い喜びも感じていた。


 他の男のもとに行くなど許さない。

 レニ、あなたは俺のモノだ。永遠に。


 リオは瞳を窓の外へ向ける。

 凍てつく冬の空には白く冷たい光を纏った月が見えた。冬の澄んだ大気の中で、その光は目を刺すように鋭い。

 自分を罰するように、その光を見つめる。


 もし、自分がエリュアではなく別の場所に生まれていたら。

 騎士階級か、せめて平民として生まれていたら。

 レニに出会う男たち全てを、男の姿でレニの前に立てるというただそれだけで妬む、誰かがレニの心を奪ってしまうのではないかという焼けつくような不安に絶え間なく責め苛まれることに、当のレニに対してさえ怒りと憎悪を燃やす。

 そんな醜悪な心と無縁でいられたのだろうか。


 レニ……。


 リオは暗い夜空に浮かぶ月を仰ぐ。


 一度でいい。

 俺は俺自身として、あなたの前に立ちたい。

 俺の言葉であなたへの気持ちを伝えたい。


 あなたに会いたい。

 ずっとそう思っていた、と。


★次回

第205話「月に帰る」

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