第19話 神は本当に神だったのか。
追いすがってこようとした男を何とか撒いたのを確認して、レニとリオは街の中心から離れた人気のない場所で立ち止まった。
狭い路地でレニは壁に寄りかかって、大きく安堵のため息をつく。
「はあああ、びっくりしたあ」
リオはレニよりも疲労が濃く、肩で息をついている。
しばらく休んで呼吸が落ち着くと、レニは独り言のように呟いた。
「参ったなあ、まさか、ザンム鋼のことを知っている人がいるなんて」
リオは、怪訝そうにレニに青い瞳を向ける。
「レニさま、ザンム鋼、とは何ですか?」
「うーん」
レニはリオの言葉に答えるように、腰の後ろに横向きに差している短刀を抜いた。
北部の氷雪を思わせる、わずかに青みを帯びた美しい短刀だ。握りのすり減りかたから見ると、相当使い込まれたものに見える。だが輝きを帯びる刃には、刃こぼれひとつない。
レニはしばらく、工芸品のような愛用の短刀を見つめる。
ハシバミ色の瞳に強い光が宿ると同時に、刃が燐光をまとうかのように青い光を放ち始めた。
青く輝く短刀を見て、リオは驚きで目を見張った。
レニはリオのほうへ束の部分を向け、短刀を見せる。
「この刀は光るのですか?」
「リオ、この青い光、見たことがない?」
レニの問いに、リオはハッとする。
「王宮の光に似ています」
「うん」
レニはうなずいた。
レニとリオが抜け出してきた王宮は、青みを帯びた鉱石で作られている。
昼間はかなり近づかないとわからないが、夜の月の光の下では青く深い光に包まれるため、別名「青月宮」と呼ばれている。
風雨にさらされ、何千年という時を経ているのにまったく劣化しない。今日まで「古き神の遺跡」として残っている。
「レニさまの短刀は、皇宮と同じ材質で出来ているのですか?」
「みたい、なんだよね。私もリオ兄さまからもらったから、よくわからないんだけど」
リオの問いにレニは短刀を眺めながら、頼りなげな口調であやふやに呟いた。
「ザンム鋼はね、黒魔術の効果を、増幅させる力があるんだ。私は魔術が少ししか使えないけど、それでも戦いのときはだいぶ助かるんだよね」
「黒魔術を増幅させる……」
「他の鋼物とはまったく違うんだって」
「確かに不思議な力があるようですが」
「それもあるんだけれど」
レニは青い光が収まった短刀を、鞘にしまいながら言った。
「リオ兄さまは、ザンム鋼は『この世界には存在しないはずのもの』って言っていた」
「『この世界には、存在しないはずのもの』」
考え込むリオの姿を見て、レニは意外そうな顔をした。
眉をしかめて懸命に記憶を絞り出す。
「ザンム鋼は『神さまの鉱物』って言われているよね。青月宮も『神さまが、この世界を作ったときの仮初めの住まい』って伝わっているし、魔物を払える聖剣も、神さまがくれたっていうことになっている。リオ兄さまは、そのことに凄く興味を持っていて、色々調べていたんだ。神さまは本当にいたのか、とか……」
リオは、弾かれたように顔を上げた。
驚くレニの前で、リオの青い瞳が強い緑色の光を帯びていく。
「神さまが……本当にいたのか?」
「あっ、ううん、違う……違うな。え、えっと、何だっけ?」
レニは赤い髪を揺らしながら、大きく首を傾ける。
「違う、神さまがいたのか、じゃない。あっ、そうそう! 『神は本当に神だったのか』って言っていたんだ!」
「神は本当に神だったのか?」
「うん」
熱を帯びたリオの眼差しに、半ば惹かれるように半ば気圧されるように、レニはうなずいた。
「そう、リオ兄さまは、そう言っていた」
「神は本当に神だったのか……」
リオはその言葉を、自分の内奥に響かせるようにもう一度呟く。
「どういう意味でしょうか?」
「う、うーん」
レニは困ったように、首を色々な角度に捻った。
「リオ兄さまがそういう話をする時って、全然意味がわからないんだよね。すごく大事な話っぽいんだけど、神さまが神さまかどうかとか、本当にいたのかなんてそんなに大事かなあ? って思うし。だってそんなのただのお話……だよね?」
師であり育ての親とも慕っていた兄アイレリオの教えを、レニは常に真剣に吸収し学ぼうとしていたが、正直、学問は苦手だった。
宮廷に招いた学者と兄が、形而上的な問答をしている時も同席させられたが、眠気をこらえることに必死で、話などろくすっぽ聞いていなかった。
アイレリオが幼いレニの前でも自問自答するようによく話していた、「世界の本来の意味・真実の姿」の話はまったく理解出来なかった。どんなに頑張っても興味も持てなかった。
大海を越えての宝探しや大王イカと船乗りたちの死闘、東方世界の摩訶不思議な冒険、南方世界の密林や砂漠の探索の本を読んだほうがよほどわくわくして面白かった。
未だにレニには、神話や王権と、黒魔術やザンム鋼の効果などの実際に目に見える現象がどんな関係があるのか、なぜそのことを兄があんなに興味を持ち、必死に考えていたのかわからない。
「神の存在に疑問を持つのは……禁忌ではないですか?」
「バレるとマズから、兄さまはこっそり学者の先生を呼んでいた。何人も呼んで、よく一晩中話したりしていたよ。本もいっぱい持っていた。兄さまが死んだとき、全部焼かれちゃったけど」
「神は神だったのか……」
リオはもう一度、考え込むように呟いた。
「神は神だったのではなく、後から誰かに神にされた……ということでしょうか?」
★次回
第20話「二人で行こう」




