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第1話 リオ


1.


「レニさま、大丈夫ですか?」


 リオは繊細な美貌に心配そうな表情を浮かべて、青い顔をしてベッドに横になっている主人の顔を覗きこんだ。


 レニは何とか笑顔を浮かべようとしたが、頭を少し動かしただけで頭痛と吐き気が襲ってくる。

 口を開こうとした瞬間、せり上がってきた唾液を、何とか飲み下す。

 吐き気が落ち着くと、レニはリオのほうを向き笑顔を作った。

 空元気であることをすぐに見抜かれたようで、リオは、月の雫を宿しているかのような澄んだ美しい瞳を、ますます心配げに翳らせる。



 船が出航して五日になる。

 今日は久しぶりに快晴で、波が穏やかだ。船の揺れも昨日までに比べると、嘘のように少ない。

 昨日は何も食べられず、横になることすら出来ず木の桶を抱えて唾液を吐き続けていた。

 今日は横になって、休むことは出来ている。

 少しだが、食事も取れた。


「ごめんね、リオ」


 レニは、日中、自分にずっと付き添っている美しい旅の連れに向かって、小さな声で謝る。


「船酔いだなんて……情けないよね」

「船酔いじゃありません」


 リオは珍しく強い声で言ってから、声を落とし、瞳を伏せた。


「レニさまは、わたくしを助けるために無理をされたから……」


 言われてレニは、船に乗る前のことを思い出した。



2.


 レニとリオは、三月みつきほど前に大陸の中央に位置する王都ジヴァルを共に出て、二人で旅をしている。

 レニは今は王権を返上して消滅した、神聖ザンム皇国の二代目にして最後の皇帝だった。

 リオは、レニから王権を返還され、ザンムル王国を建国したレニの夫・イリアスの寵姫ちょうきだった。


 形の上では、女帝が帝位を捨てて、夫の寵姫と手に手を取って駆け落ちした……ということになるのだろう。

 レニ本人は、そういう「他人から見た、今の自分の状態」にはいまいち実感がわかない。

 わかることは、ずっと好きだったリオと二人でいられる今が夢ではないかと思う、それくらい幸せだ、ということだけだ。 


 レニは寝床の中から、リオの横顔をソッと見つめた。

 形のよい顔の輪郭。

 白く肌目が細かい肌。

 光沢を帯びた長い黒い髪は、まるで極上の絹糸で編まれた衣のようだ。

 長い睫に縁どられた青い瞳は、光の加減で時々緑がかることがあり、ひどく神秘的に見える。

 白い手足は細く、粗末な長衣に包まれた肢体は、風のひとそよぎで飛ばされそうなほど華奢だ。

 月の精霊のような儚く浮世離れした美しさに、挙措のたおやかさ、優雅さや気品が華を添えている。


 旅路の途上でせいぜい体は湯や水で吹く程度で、満足に湯浴みも出来ないというのに、少しも薄汚れた感じがない。

 宮廷にいたころと同じ清楚さを保っている。

 リオがいると、暗く薄汚い殺風景な船室さえ淡い光に包まれるようだった。


 朝から晩まで一緒にいるようになって三月みつきも経つというのに、未だに見とれてしまう。

 皇女として生まれたとは言え、複雑な情勢の中で生き残る術のみを叩き込まれてきたレニよりも、ずっと深窓で育てられた姫君のように見えた。


 今の状態に幸せを感じながらも、唯一、リオの気持ちがわからないことに不安を感じる。

 

 なぜ、リオが自分と一緒に来てくれたのか。

 なぜ、いま一緒にいてくれるのか。


 生まれた時から権力者に支配され続けてきた境遇から逃げたかったのか。

 前の「主人」であるイリアスの命令に従っているだけなのか。

 自分のことを友達だと思ってくれて、誘いに乗ってくれたのか。

 心配だから着いてきてくれたのか。


 リオの気持ちを知りたい。

 そう思えば思うほど、その心の内を聞けなくなっていた。


★次回

第2話「レニ」

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