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第182話 演技をしているうちに演技じゃなくなる。

「リ、リオ、ごめん」


 自分を支えるレニの手を取り、リオは自分のほうへ引き寄せようとした。だがレニは、その手の動きを制止するように押さえる。

 しばらく黙りこんだあと、レニは言った。


「リオ……お願い。母さまのことを悪く言わないで」

「お母君のことを言ったことは謝ります。ですが、レニさま……!」


 なおも言い募ろうとしたリオは、しかしレニの顔を見た瞬間、言葉を失った。

 ハシバミ色の瞳には涙が浮かび、今にもこぼれ落ちそうだった。


「わかっているよ……」


 レニは必死に涙を押し留めようとしながら呟く。


「わかっている、母さまが私のことを……好きじゃないってことは。今だって、我慢して演技をしているんだろうな……ってわかるし」

「レニさま……」

「でも」


 レニは、目から溢れそうになった涙を乱暴に拭う。


「でも、このまま一緒にいれば、好きになってくれるかもしれない。演技しているうちに……演技じゃなくなるかもしれない」

「演技しているうちに……演技じゃなくなる?」


 リオはその言葉に、衝撃を受けたようにかすれた声で呟く。

 レニは言った。


「リオだってそうでしょう? 最初に会った時、私のことを好きじゃなかったよね?」

「最初に会った時?」


 リオは呟いた。


「私が……?」

(俺が……)

「あなたを……好きじゃなかった?」


 レニは頷く。


「私のことを避けていたし、顔を合わすのも嫌そうだったよ」


 リオは呆然としたようにレニの姿を眺めた。

 自分の思いに囚われているレニはその様子には気付かず、言葉を紡ぎ続ける。


「で、でも! 今はこうやって、仲良くなれたよね? 最初は嫌いでも、一緒にいるうちにその人のことがわかったり、慣れてきたりして、好きになることもあると思うんだ。リオが私と一緒にいたい、って思ってくれたみたいに。だから母さまも、今は私のことがそんなに好きじゃなくても……これから、たくさん話したり一緒にいたりするうちに、ちょっとは好きになってくれるかもしれない。私がいっぱい母さまに気持ちを伝えれば、少しは……」


 レニはグッと息を飲み込み吐き出した。


「……私のことを産んで良かった、娘がいて良かったなって、私が娘で良かったって……思ってくれるんじゃないかな」

「レニさま……」


 レニは、自分の髪を束ねている髪留めに手を触れた。ごく素朴な細工のもので、中央には小粒の緑色の石が嵌め込まれていた。


「こ、これね、母さまがくれたんだ。私にきっと似合うだろうから、って」


 少し前にエリカはレニのために選んだと言って、この髪留めを持ってきて手づから髪につけてくれた。

 口調は優しいが、髪をまとめる時の手つきはひどく雑だった。人の髪を結うなどやったことがないせいかなかなか思い通りにいかず、苛立っていることが雰囲気で伝わってきた。やっと留められた時は、いかにも下手なまとめられ方でエリカも何となく不本意そうだが、レニの心はひどく幸福だった。


「あなたにはゴテゴテ飾りがついている物より、素朴なほうが似合うと思ったのよ」


 取って付けたようなエリカの言葉も、レニにとっては何度も胸で繰り返すほど嬉しいものだった。

 毎日のようにレニがその飾りをつけていることに、エリカもまんざらでもなさそうに見えた。


「これから一緒に暮らせば、仲のいい親子になれるかもしれないって、そう思うんだ。今までできなかったぶん、私が母さまのことを理解してあげれば……」


 黙っているリオのほうへ、レニは気を引き立てるために笑顔を向ける。


「リオも王都に戻るでしょう? も、もしかしたら、自由には会えなくなるかもしれないけれど……イリアス様にお願いすれば、手紙のやり取りとかたまには会うことも出来るね」


 不意にリオは立ち上がった。まるで魂の抜けた者が、何かに吸い寄せられたかのような動きだった。

 リオはそのまま力のない動きで東屋を出て、温かい空気に満ちる庭のほうへ彷徨い出ようとする。


「リオ……っ!」


 レニは驚いて、風に揺れるリオの長衣の裾を掴む。

 振り返ったリオの眼差しの余りの虚ろさ、冷たさにレニは息を呑んだ。


「手をお放し下さい」

「リオ……」


 感情のない声で言われ、長衣を掴むレニの手からは力が抜けていった。リオは長衣の裾を優雅な仕草で引くと、レニをその場に残して東屋から出た。

 リオの後ろ姿ははっきりと近付かれることを拒絶しており、レニは心をえぐられるような気持ちで去っていくその姿を見守るより他になかった。


★次回

第183話「夜の訪ない」

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