第174話 あなたの夢をかなえるために。
「良いのですよ、レニさま。俺はあなたのモノだったのですから、好きなように扱って。気まぐれに連れ出して、飽きたのならそのへんに捨てればいい」
「リオ……」
男の姿をしたリオは、レニの肩を背後から抱くように腕を回し、耳元に口を近付けて囁く。
「俺は毎晩、夜遅くまで可愛がられています。今夜もね。俺は寝床で相手が望むことを、何でもしますよ。あなたにしなかったようなことも。そのために俺は作られたのですから。よく見て下さい、レニさま」
レニの目の前で、寵姫であるリオはイリアスの胸にすがり、自分の唇をイリアスのそれに寄せていく。
「やめて……」
レニは震える声で呟く。
胸が切り裂かれるように痛むのに、目を閉じることが出来ない。
「お願い……やめて」
イリアスが優しい手つきでリオの黒く滑らかな髪を撫で、その頬に触れる。白く透き通るような首筋に唇を当て、ゆっくりと滑らせる。
リオは喉をそらして瞳を閉じ、イリアスの愛撫を受け入れる。
閉じられたリオの瞳から、ひとしずく、涙が流れ落ちた。
「リオ……」
レニはハッとして、二人の下へ駆け寄ろうとする。
しかし、そんなレニの身体を男の姿をしたリオは、しっかりと押さえつける。
リオは、イリアスに抱かれる女の姿の自分をジッと見つめていた。その瞳には先ほどまでの強い怒りの炎はなく、ただここではない別の場所を見ているかのように、どこまでも透き通って見えた。
「いいんです」
リオはそのままの姿勢で呟いた。
「あなたが王宮を出れたなら、あなたの夢がかなったなら……それで。俺は、ずっとあなたの夢をかなえてあげたかった。もし、俺が奴隷じゃなかったら、女の恰好なんかしていなかったら……俺に力があったら、あなたをここから連れ出せるのに。いつもそう思っていた。あなたが女帝だった時から、あなたをあの宮廷から連れ出してあげたかった。でも、俺は無力で、その夢はかなわないから、だからこれで良かった」
でも……。
と、リオの声に微かに涙がにじむ。
その瞬間に、不意にレニの肩から押さえつけられていた圧迫感が消えた。
「リオ?!」
レニは慌てて背後を振り向く。
しかし、そこには誰もいなかった。
自由になったレニは、再び前を向く。
その瞬間、瞳を大きく見開く。
イリアスに抱かれている寵姫の姿をしたリオが、こちらを見つめていた。青い瞳からは涙が次々と零れ落ちる。
それは先ほどまで男の姿をしていたリオだった。
「レニさま……」
それでも、とても辛いです。
あなたがいない世界は、どこにも光がなくて。
どう生きていいかさえわからないのです。
会いたい……レニさま。
ひと目でいいから、あなたに。
「リオ……」
レニは、イリアスに抱かれているリオに向かって駆け出す。抱き合う二人の姿は、徐々に薄れ、消えていくように見えた。
レニは消えていくリオの姿へ、必死で手を伸ばす。
「リオ!」
「レニさま……」
リオも、イリアスの腕の隙間からレニのほうに向かって白い手を伸ばした。だが、その姿はどんどん遠ざかり、闇に吸い込まれるように消えて行こうとしている。
「リオーッッ!」
レニは手を伸ばしながら、リオに向かって絶叫した。
自分の叫ぶ声で、レニは目を覚ます。
王宮にいた時に使っていたものとさほど大差ないほど豪奢なベッドの中に、レニは一人でいた。目の前には複雑な模様が彫り込まれた天蓋があり、寝台を囲む薄い帳の隙間からは月明かりが射し込んでいた。
半身を起こして辺りを見回す。
「リオ……」
リオの姿はどこにもない。
当たり前のことなのに、強い痛みで胸がつぶれてしまいそうな心地がした。
レニは寝台の中で膝を抱え、腕の中に顔をうずめる。
目をつぶると、旅のあいだずっと一緒だったリオの姿が浮かんでくる。自分を見つめて微笑む顔や身体や髪に優しく触れる感触が蘇ってくるようだった。
(私だって……そうだよ)
記憶の中のリオに向かって、レニは呟く。
私だって、リオに会いたい。ひと目でいいから。
自由になっても、リオがいなければどこに行けばいいのかさえわからない。どこにも光がないから。
レニは、大きな寝台の中で一人で、ジッとし続けた。
★次回
第175話「母と娘の再会」