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第172話 人形の癖に

「陛下」


 リオは項垂れてシンシヴァの視線を受けていたが、やがて意を決したように顔を上げた。


「あの……妃殿下からは、ご連絡はあったのでしょうか?」


 エリカの唇から笑みが消え、不快そうに細い眉が動いた。躾の良いことを自慢していた犬が、不意に吠えだしたような表情だった。

 怒りがちらつく露骨に見下すような目で、エリカはリオの顔を見る。


「誰が口をきいていいって言ったのよ。私は許した覚えはないわよ?」

「申し訳……ございません」


 ですが……と震える声で言いかけたリオの声は無視すると、エリカはシンシヴァのほうへ目を向けた。

 シンシヴァは、まだ目が離せないと言いたげに、苦悩が浮かぶリオの美貌をジッと見つめていた。


「シンシヴァ、さっき寵姫が何で、エウレニアと仲がいいのか知りたいって言っていたわよね」

「それは……申し上げましたが」


 気のない言葉とは裏腹に、シンシヴァの口調には抑えても抑えきれない興味があった。

 エリカの緑の瞳は、してやったりと言いたげに光を放つ。

 エリカは椅子のひじ掛けに腕をつき、シンシヴァのほうに身を乗り出して言った。


「聞いたでしょう? 寵姫の頭の中は、エウレニアのことでいっぱいなの。()()は元々は奴隷の身分なのよ。国王は()()の卑しさも気にせず、ちょうを与えているというのに。本来なら感謝して、心も身体も国王に捧げ尽くすのが当然よね。それなのにその恩も忘れて、こんなところまで来るなんて。この恩知らずの奴隷に、自分の立場を分からせて身の程をわきまえるようしつけをしなくてはいけない。そうよね?」

「そうですね」


 言葉少なにシンシヴァが同意すると、エリカは笑った。

 リオのほうへ向き直り、扇を開いて口元を覆う。


「寵姫、着物を脱ぎなさい」


 呆然として顔を上げるリオに、エリカは容赦なく言った。


「お前には耳がないの? ここにいる補佐官が、お前のことを検分したいと言っているのよ。早く脱ぎなさい」


 リオは顔を青ざめさせ、激しく頭を振った。


「ど、どうか……それは、どうか……お許しを。陛下……どうか!」


 エリカは閉じた扇を、激しくひじ掛けに叩きつけた。鋭く耳障りな音が鳴り、木製の扇に亀裂が入る。


「何を喋っているのよ、人形の癖に」


 血の気が引いたリオの顔を、エリカは嫌悪と憎悪がこもった眼差しで睨みつける。だがすぐに、小馬鹿にしたような嘲笑がエリカの美しい顔に浮かんだ。


「まあいいわ。自分じゃ脱げないって言うなら。シンシヴァ、脱がしてあげなさいよ」


 シンシヴァは、エリカの顔を見直した。

 小刻みに震えているリオの細い姿に一瞬目を向け、再び視線を戻す。


「よろしいのですか?」

「私に逆らった罰よ」


 エリカはリオを睨みつける。その翡翠色の目には、憎悪、と呼んでいいような激しい怒りが宿っていた。


「相手が誰であれ、私が命じたらお前が持っている手管の限りを尽くして、ちゃんと奉仕しなさい。それがお前の仕事でしょ? 主人に奉仕出来ない、奴隷としても役立たずなら、エリュアの一番最下層の娼窟しょうくつに売り飛ばしてやる。そこに沈めたら、エウレニアも国王も、誰もお前のことは見つけられなくなるわ。それがわかったら、逆らうんじゃないわよ。私は口答えされるのが一番嫌いなの。それもお前みたいな、卑しい奴隷に」


 顔をろうのように白くさせているリオをエリカは笑いながら眺めて、満足そうに言った。


「お前には、たっぷり働いてもらうわよ。ちゃんと男たちに仕えれば、エウレニアにも会わせてあげる。フフッ、あの娘、驚くかしら。大好きな寵姫さまが、こんなことになっているって知ったら。どんな反応をするか楽しみ」


 赤い唇から悪意をしたたらせて、エリカは楽しそうに笑う。

 

「寵姫、ここに来なさい」


 甲高い声でひとしきり笑ったあと、エリカは有無言わさぬ口調で立ち尽くすリオを指し招く。

 首に縄をつけられた家畜のような生気のない動きで近寄ったリオを、自分の近くまで招き寄せる。

 リオが鈍い動きで触れられる距離までやって来ると、手を伸ばし、腰に巻かれた美しい飾り紐とサッシュを乱暴にむしりとった。

 リオの体を隠していた長衣はまとまりがなくなり、滑るようにして床に落ちる。


「シンシヴァ」


 エリカは、ジッとリオの姿を見つめていたシンシヴァに声をかける。

 長い年月、エリカの側仕えをしていたシンシヴァは、ひと声かけられるだけで、女主人の心の内を察した。

 言葉にされなかった意に沿い、リオの背後に歩み寄る。そうして真後ろから、リオがまとっている単衣を剥いだ。

 その瞬間、シンシヴァの黒い瞳が驚愕で見開かれる。


「これは……!」

「驚いたでしょう」


 エリカは得意げに言いながら、目の前に現れた工芸品のように白く滑らかで隆起のない肌を撫でる。

 耐えきれずリオが微かに吐息し、身をよじる動きを楽しむように手を滑らせる。


「エリュアでは、男装も女装も珍しくないけれどね。それにしても、こんな上手く化けられるモノはなかなかいないわ」

「驚きました。こんな……美しい」


 シンシヴァの声は、賛嘆と陶酔の色を帯びる。物欲しげにリオを見る補佐官を見て、エリカはリオの胸に手を伸ばす。

 きらびやかに彩れた長い爪のついた指で、胸にある突起を容赦のない力で捻りあげた。

 リオは反射的に声を上げる。愛撫というには強すぎる痛みへの反応には、しかし苦痛以外のものが混じっていた。


「どう? いい声で鳴くでしょう?」


 エリカは半ば楽しげに半ば軽蔑したように、自分の手の動きに合わせて呻き、徐々に息を乱していくリオを眺める。


「女よりもっと女なのよ」


 微かな嫌悪のこもった声で呟くと、エリカは否応のない情欲に支配されたリオの美貌を見上げる。


「寵姫、仕えなさい」


 リオは乱れた息のまま、ゆっくりとエリカの美しい顔に顔を近付ける。紅をひかれたエリカの唇に唇を当て、舌や口を使い、その口許を愛撫する。

 エリカは心地よさそうにリオの奉仕を受けながら、肩越しに部下の浅黒く精悍な顔を見る。


「シンシヴァ、慰めておやりなさい。このモノが熱くなってもっといい声で鳴くように」


 シンシヴァは見えない磁力に囚われたようにリオの姿を見つめたあと、背後から細くしなやかな体に手を回す。腰布を巻いただけのリオの体を味わうように撫で、敏感な部分を刺激し、汗ばんだ首筋に唇を這わせる。

 シンシヴァの手や唇が滑るたびに、リオは体を震わせ、切なげに身じろぎした。エリカに口づけしながら、あられなく喘ぎ、荒く甘く息を吐く。

 エリカは、上気したリオの頬に唇を当て、赤くなった耳たぶを唇でなぶりながら囁いた。


「そう、鳴きなさい。もっといやらしく……もっとみだらに。お前は、そうやって人を喜ばすために作られたのだから」

「陛下」


 シンシヴァに声をかけられ、エリカは薄く笑った。


「そうね、お前はよくやってくれるから。褒美を取らせないとね」


 シンシヴァは恭しく目礼すると、リオの細い腰を覆う下履きに手をかけた。


★次回

第173話「俺を差し出した。」

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