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第166話 本当はとても臆病だから。

24.


 誰かに呼ばれたような気がして、リオは広い寝台の中で目を覚ました。

 薄く豪奢な布で何重にも覆われた寝台の中には、リオと隣りで深く眠っているイリアス以外は誰もいなかった。

 リオは、国王でもあり愛人でもある青年の端整な寝顔をジッと見つめる。


 レニがいなくなったあと、イリアスは以前よりもいっそう深い愛情を示すようになった。

 リオが毎日のように北門に行くのを止めようとはせず、心ここにあらずといった様子でも咎めようとはせず、内面に踏み込むことはおろか少しでも探ろうとすらしなかった。

 レニがいなくなってからは、リオの気持ちを労わるためか、身体に触れることも避けるようになった。業務の合間に小まめに様子を見に来て侍女たちに身の回りの世話を細かく指図をすることはあっても、泊まることはなくなった。

 イリアスのことを求めたのは、むしろリオのほうだった。


「寵姫、無理しなくていい。そなたの気持ちが落ち着くまで、私はいくらでも待つ」


 困惑と戸惑い、喜びの中にわずかな猜疑をのぞかせて、イリアスは宥めるようにそう言った。

 リオは、そんなイリアスの身体に触れ、すがりつくように訴える。


「陛下、わたくしは、元々陛下を……陛下だけをお慕いしておりました。本当です。それが嘘偽りのない、私の心です」

「しかし……」


 何か言いかけたイリアスの唇を塞ぐように、リオは唇を重ねる。

 少し経ってから唇を離すと、リオはかすれた声で囁いた。


「あなたさま以外のことは、私の心には何も残っておりません。陛下……イリアス、抱いてください。前のように」


 久しぶりに抱いた寵姫の身体は、ひどく熱くしなやかで、イリアスの腕の中で信じられぬほど激しく乱れた。

 イリアスは愛人の熱を帯びた様子に応えるように、激しく身体を動かす。

 そのたびにイリアスの身の内で、寵姫への思いが狂おしいほど燃え上がった。


「寵姫……」

「陛下……愛しております。陛下……」


 イリアスの求めに応じて、リオは情欲に濡れた声で何度も言葉を返す。苦痛と紙一重の快感に、鳴き声を上げ続けた。


「陛下……もっとして下さい。もっと。あなたのモノであることを忘れた私を、罰してください。陛下……」

「寵姫……」

「心まで、あなたに捧げたい。あなたさまにつながれた……奴隷になりたいのです、何も……何も考えなくて済むように」


 切れ切れとした声で喘ぎながら、リオは囁く。


 殺してください、イリアス。

 私の心を。

 苦しくて苦しくて仕方がないのです。


 どれほど考えまいとしても、その姿が心の中に浮かび上がってくる。

 赤い髪、大きなハシバミ色の瞳。

 年のわりには幼い顔に浮かぶ、目まぐるしく変わる表情。

 振り返って、「リオ」と呼ぶ嬉しそうな声。


 いま、どこにいらっしゃるのですか?

 何を考えていらっしゃるのですか?


 リオは、自分の心から消えない幻影に向かって叫ぶ。


 私のことなど、何も覚えていらっしゃらないのですか?

 どこか他の場所へ、他の世界へ一人で行かれるつもりなのですか?

 私をここにおいて。

 あなたのいないこの世界に、私を置き去りにして。

 あなたはここを出られる時、私のことを何も考えて下さらなかったのですか?

 私がどんな気持ちで、どんな風に思うか。

 あなたのいない世界で、私がどう生きればいいと思うのか。

 あなたに捨てられて、どれほど傷つくか。

 一度も、一度も考えて下さらなかったのですか?


 あなたにとって、私は何だったのですか?

 夫の愛人? 

 母親や姉の代わり?

 哀れな奴隷? 

 美しいただの人形? 

 少しのあいだ一緒にいて、用がなくなれば何も言わずにいなくなるような、そんな……そんな存在だったのですか?


 一緒にいよう、と言ったではないですか。

 これからはずっと一緒だと。

 世界のどこまでも、二人で行くのだと。

 

 レニさま、教えて下さい

 俺はあなたの何だったんだ? 

 教えて、レニ……。


 恋人の腕の中で、リオは悲鳴のような声で快楽を叫び、鳴き続けた。

 


 幾度かの激しい交わりのあと、イリアスの腕に抱かれたままリオは眠りにつく。

 夢の中には、いつもレニが出てくる。

 露台から忍び込んで迎えに来ることもあれば、二人で旅に出るときに待ち合わせをした、北門にある木の下で待っていることもある。

 リオの姿を見つけると、寂しそうなレニの顔に弾かれたように明るい表情が浮かぶ。

 二人は手を取りあって旅に出る。コウマやマルセリス、ソフィス、パッセなど、旅の途中で出会った人たちも出てくる。

 夢の中でリオはいつも当たり前のようにレニの隣りにいて、幸せそうに食事をしたり酒を飲んだり、走ったり笑ったりするレニのことを見守っている。

 レニの笑顔を飽かずに眺めながら、リオは思う。


 あなたは明るく見えて、本当はとても臆病だから。

 一緒にいて欲しい、そう思っていても、言わずに我慢してしまう人だから。

 あなたが何も言わなくても、俺はあなたの側にいる。

 この先、ずっと。


★次回

第167話「呼ぶ声。」

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