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第163話 俺の人生だ。

 レニはオッドに駆け寄り、その顔を覗き込む。


「オッド、何で……っ! もう、いいんだよ。ルカと一緒にソフィスの塾に行けるんだよ!」

「頼む」

「オッド!」


 レニは無我夢中で、オッドの肩を掴んだ。


「駄目だよ、オッド! この人は……この人は、オッドが考えているような人じゃない! あのブルグとかテインシィとかよりも、もっと暗い世界にいる人なの! ブルグにやらされたみたいなことより、もっと危ない目にあったり、もっとひどいことをしなくちゃならなくなったりするよ!」

「わかっている……。そんなことは」

「じゃあ……何で?!」


 オッドはレニの言葉には答えず、アーゼンの正面にフラフラと歩み寄る。そして、アーゼンの足元の地面に両手をついた。

 傷ついたあばらが痛んだのが、その顔が痛みで歪み、額に汗が浮かぶ。

 しかしオッドは歯を食いしばって痛みに耐えながら、額を地面にこすりつけるように下げた。


「頼む、この通りだ!」

「オッド……」

「俺は強くなりたい……」


 オッドは地面を見つめたまま、食いしばった唇の隙間から声を漏らす。


「誰にも踏みつけられないくらい強くなりたい。例えそれがどんなものでも、力が……どうしても力が欲しい。それが手に入るなら、何でもする! あんたの下で、どんなことでも……!」


 アーゼンは、自分の前で膝をつくオッドと、そのオッドに呆然としながらも必死に翻意ほんいするよう訴えるレニの様子を、特に何の感慨もなく見つめた。

 それからふっと横を向き、口を開いた。


「君の友達は反対しているようだ。友達の忠告は大事にしたほうがいい」

「レニは関係ない」


 オッドは顔を上げた。その目は、アーゼンの横顔だけを真っ直ぐに見つめている。


「俺の人生だ。どう生きるかは俺が決める」

「ふむ」


 アーゼンは自分に向けられた、少年の金褐色の瞳を見る。そこには燃えるような暗い光が宿っていた。

 思案するように宙を眺めたあと、アーゼンは、不安げにオッドを見つめたまま口を開くことが出来ずにいるレニに目を向ける。


「レニどの、どうしますか」

「え?!」


 何でもないことのように聞かれて、レニは驚いたように叫ぶ。


「あなたの意見は?」

「え……ええっと」


 レニは気を取り直したように、オッドの顔を覗き込んだ。


「オッド、ルカもソフィスも、みんな、オッドのことを心配していたよ。お願い、ルカのところに戻ってあげて」


 オッドは、レニの声が聞こえてすらいないようだった。

 ひたすら自分のことを見つめてくる金褐色の目から、アーゼンはふっと視線を背けた。


「君は有能で勇敢だ。頭もいいし、勘もきく。私としては、君の申し出を歓迎したい。だが」


 アーゼンは、目線をレニのほうへ移す。


「私はそこにいるレニどののご機嫌を損ねるわけにはいかないのだ」


 オッドは不審げに眉をしかめて、レニの顔を見る。

 レニはうろたえたように視線を逸らし、結果、アーゼンのほうを向くことになった。

 瞬間、身体の一番奥の部分に氷を当てられたかのように身震いする。

 アーゼンは唇を微かに嘲りの形に曲げて言った。


「レニどのが、私に君を受け入れて欲しいと言えば受け入れよう。オッド、君の運命はレニどのの気持ちひとつだ」

「なっ……何でっ」

「レニ」


 反射的に抗議の声を上げようとしたレニに、オッドは静かに声をかける。その声の底にあるものが、レニの動きを制止させた。

 振り返ったレニに、オッドは頭を下げる。


「頼む、レニ。俺は……あの人の下でやっていきたい」

「え……い、いや……オッド、止めてよ、そんなの」

「頼む」


 なぜ、自分がオッドの行く末を決めるような立場に立たされているのか。なぜ、オッドは自分の気持ちをわかってくれないのか。

 色々な感情が交錯し、レニはイヤイヤをするように頭を何度も振った。


「お願い、オッド。わかって。ルカのところへ帰ろうよ、ね?」


 レニは祈るようにそう言った。

 唇を噛んだオッドに、アーゼンは笑いかけた。


「残念ながら、君の人生は決まった」


 オッドの金褐色の瞳から、先ほどまであった強い光が褪せていくのを見届けると、アーゼンは穏やかな口調で付け加える。


「この街はいい街だ。友人たちに囲まれて、幸せに生きられるだろう」

「幸せ?」


 虚ろな声で呟くと、オッドはゆっくり立ち上がった。

 その金褐色の瞳からは先ほどの激情は跡形もなく消え去り、少し前までと同じ、薄暗い場所に閉じ込められた人間のような無気力な諦念が浮かんでいた。


「オッド」


 気遣うようなレニの呼び掛けも耳に入らないように、オッドは瞳を宙に向けた。

 ここにはない何かを見ているような、それが自分の手には届かない場所に消えていく様を見ているようだった。


「いつもこうだ……」


 オッドは消えていく何かを見つめながら、かすれた声で呟く。


「俺の人生は……いつも他人が決める。俺より、もっと上にいる奴らに、そいつらの好きなように」

「オッド……」

「レニ、世話になったな。礼を言う」


 オッドは不意に現実に立ち返ったように、淡々とした声音で言った。

 レニは何度か口を開きかける。だが、どうしても言葉を音にすることが出来なかった。

 オッドはそんなレニをしばらく見ていたが、やがて背中を向けた。


「……お前を許さない」


 吐き捨てるように言うと、オッドは振り返りもせず、ふらりと歩き出した。

 慌てて追いかけようとするレニに、アーゼンが声をかける。


★次回

第164話「あなたにはわからない。」

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