表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/256

第162話 部下になりたい。

 次にオッドに顔を向け、問いを口にしようとした。  

 機先を制するようにレニは叫ぶ。


「もう、ソフィスの塾には手を出さないで! ルカや……あそこに通う子供たちにも」

「塾?」


 テインシィは微かに首を傾げたが、何かに気付いたように自分の傍らにいるブルグに視線を向ける。

 ブルグが気まずそうに視線を逸らすのを確認すると、今度は黒い瞳をオッドのほうへ向けた。


「オッド、何の話だ? その塾がお前に何か関係あるのか?」


 オッドはテインシィの黒い目を、ジッと見つめた。それから顔を横に向け、低い声で呟く。


「……ない」


 テインシィは僅かに瞳を細めて、肩をすくめた。


「まあいい。よくわからんが、俺は堅気の人間には興味はねえ。その塾だが何だかが、俺たちの商売の邪魔をするんじゃなきゃ、特に用はねえよ」

「テインシィ」


 アーゼンはレニの両肩に手を置いて言った。


「興味がないなら、このお嬢さんには恩を売っておいたほうがいい」

「どういう……意味ですか?」


 うっすらと笑みが浮かぶアーゼンの顔を、テインシィはジッと観察する。それからレニのほうへ視線を向け、真面目くさった顔つきで言った。


「わかった。その塾には手を出さない。俺はあんたの頼みをひとつ聞いた。それは覚えておいて欲しい」

「あと、オッドを」


 レニは咳き込むように言う。


「オッドを解放してあげて! オッドは、本当は皆と一緒に塾に行きたいんだよ」


 テインシィは、レニの隣りにいるオッドのほうへ視線を向けた。


「そうなのか?」


 視線を逸らしたまま無言でいるオッドに、テインシィは強い口調で言った。


「お前、俺の下から抜けたいのか?」


 長く重苦しい沈黙が室内を包んだ。

 レニですら口を開くことが出来ず、ただ黙って成り行きを見守る。アーゼンは最初からこの話に介入するつもりがないことを示すように、一歩後ろに下がり、退屈そうに室内を見回していた。

 永遠に続くかと思われた沈黙のあと、オッドは低いがはっきりとした声で言った。


「ボス、世話になった。足抜けのために必要なことがあればする」


 仮面のような無表情のまま、テインシィは部下だった少年の顔を眺める。それから感情のこもらない冷たい声で言った。


「お前の友達のお嬢ちゃんに免じて、足抜けの代償は勘弁してやる。ただし、俺の前に二度と姿は見せるな。見せれば殺す」


 オッドは黙って頷いた。

 その姿を見て、レニはホッと安堵の息をつく。


「話は済みましたか?」


 子供が用事を済ませるのを待つ親のような調子で、アーゼンは声をかける。


「では、参りましょう。レニどの」


 アーゼンに促されて、レニは頷いた。

 オッドに手を貸すと、その痩せた体を支えて共に歩き出す。

 オッドは終始無言で、汚れた金褐色の髪に隠れて、表情を見ることは出来なかった。 


 アジトの通路を歩くレニの心には、ルカやソフィスの顔が思い浮かぶ。


(ほんとはオッドも、そうしたいんだ)

(オッドのことも守ってやりたいけど……今は、まだガキだしな)

(レニ……オッドのこと、頼むな)


 これでオッドは、ルカと共にソフィスの塾に通い、普通の子供として生きることが出来る。

 レニの胸には、喜びで高鳴った。



21.


 外に出ると、既に日が高く上がっていた。

 辺りに人気はなく、時折、衛兵たちが路地を駆け回る足音が遠くのほうから聞こえてくる。


「私は一度、シャルケ殿の館のほうへ戻ります」

「都市浄化法は……止められるの?」


 レニは街の様子を眺めながら呟く。口に出してから、自分の声に思ったより不安と不信が滲んでいることに気付く。

 アーゼンは特に気を悪くする風もなく、どこかからかうような口調で答えた。


「心配なら一緒に来られますか? 部屋をご用意いたしますよ」


 アーゼンが何を考えているかわからない以上、事の顛末てんまつがどうなるか見届けたほうがいい。

 レニは頷いて、オッドに別れの挨拶を告げようとした。

 その時、ふとオッドの金褐色の瞳に、強い光が宿っていることに気付いた。


「オッド……?」


 オッドはレニの呼びかけにまったく反応を示さなかった。真っすぐにアーゼンの顔を見つめたまま、足を一歩踏み出す。


「あんたに頼みがある」


 微かに眉を上げたアーゼンに向かって、オッドは言った。


「あんたの部下になりたい」

「え?!」


 一瞬の沈黙のあと、叫んだのはアーゼンではなくレニだった。

 アーゼンはただ、わずかに興味を惹かれたように瞳を細めて、無言で目の前で頭を下げる少年の姿を眺めた。


★次回

第163話「俺の人生だ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ