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第159話 牢の中で

18.


 重い扉が軋む音とそこから射し込む光によって、オッドは目を覚ました。

 意識が覚醒すると同時に、脇腹に焼けつくような痛みが走り出す。

 無言で痛みに耐えるオッドを、大きな人影が見下ろす。


「よう、オッド。目が覚めたか」


 あからさまな優越感がみなぎるブルグの言葉に、オッドは何の関心も払わなかった。

 壁にもたれかかるようにして座ったオッドを見るブルグの残忍そうな目に、怒りと苛立ちが宿る。

 オッドの手に頑丈な手枷がはめられていることを確認すると、ブルグは背後にいた子分二人に部屋の外を見張るように指示を出した。

 子分たちが部屋の外に出て扉を閉めると、部屋の中はブルグが持ってきた灯りひとつのみに照らされた、暗い空間に戻る。

 ブルグはオッドの前にしゃがみ込む。

 灯りに照らされたオッドの顔に何の感情も浮かんでいないのを見ると、舌打ちしたげな顔になった。

 それも一瞬のことだった。

 強いて作った余裕のある表情で、ブルグはオッドの顔を見る。


「おめえらしくねえな。こんなドジを踏むなんざ」


 オッドは口をきくのも馬鹿馬鹿しいと言いたげに、視線をそらす。そこには怒りも憎しみも浮かんでおらず、諦めに近い無関心だけがあった。

 ブルグはムッとした顔をしたが、すぐに顔つきを改め猫撫で声を出した。


「安心しろよ。ボスには、俺からうまくとりなしてやる。おめえが大人しく俺の下につく、ボスの前でも俺の忠実な子分でいるっていうなら、役人どもに突き出したりしねえよ。トールかグランでも突き出すさ。あいつらは、使うにはちぃとばかりおつむが足りねえ。こういうことにしか役に立たねえからな」


 ブルグはまったく表情が動かないオッドの顔を覗き込んだ。


「だが、おめえは違う。オッド、俺はお前を買っているんだぜ。お前が俺の下についたとなりゃあ、他の奴らにも顔がきく。ボスも俺の実力を認めるだろうさ」


 ブルグは薄く笑って、言葉を続けた。


「それが嫌だ、っつうなら、お前を領主に突き出す。おめえがビビッて、爆弾を人のいない場所ばかりに置いたせいで、死人どころか怪我人もまったくいねえみたいだが、それでも貴族の館を吹っ飛ばそうとした、なんて奴は吊るし首だ。りこうなおめえなら、どうすりゃあいいかなんてすぐにわかるだろ?」

「離れろよ」

「あん?」


 投げやりな眼差しのまま、オッドは低く呟く。


「くせえ息を吹きかけるな」


 瞬間、ブルグの目に怒りがほとばしる。太い二の腕を振り上げ、オッドの横面を張り飛ばした。

 手枷で両手を戒められているオッドは避けることも出来ず、打擲ちょうちゃくをまともに喰らって横の壁まで吹き飛ぶ。


「ガキが! 舐めた口をききやがって」


 痛みをこらえながら、身体を起こそうとしたオッドの服をブルグが掴む。そのまま壁に背中を打ち付けるように抑えつけた。

 激しい衝撃を背中に受け、オッドは僅かに呻き声を上げる。


「上等だ。そんなに死にてえなら、役人に突き出すまでもねえ。いま、この場で殺してやる!」


 オッドの首を締め上げながら、ブルグは残忍な笑いを口の端にしたたらせた。


「お前を半死半生でここにつないで、お前の弟分のあのルカっていうチビをこき使ってやるよ。おめえのために死ぬ気で働くだろうからな」

「……下衆野郎っ」

「おうおう、いくらでも言えよ。お前はその下衆に死ぬまで飼われて生きていくんだよ。へへへっ、惨めだなあ?」


 ブルグは大きく口を開け、ゲラゲラと笑い声を上げる。

 無表情だったオッドの顔に怒りが閃いたその時、不意にブルグの背後の扉が開いた。


「あ、兄貴……」

「あん? 何だ?」


 子分の声に、ブルグは不機嫌そうに振り返る。

 しかし次の瞬間、驚愕で目を大きく見開いた。


 奇妙な角度に曲がった腕を逆の腕で押さえた部下の背後に、少女が立っていた。赤毛の小柄な少女は、ブルグの子分の腕から細い針のように尖ったナイフを引き抜く。

 子分はふらふらと前方に二、三歩、足を踏み出したあと、ブルグの足元でどうっと倒れ伏した。


「お、お前は……!」


 ブルグは少女の姿を見て、驚愕の叫びを上げる。

 オッドも同じように瞳を見開いたまま、無心に少女の姿を見つめた。


 レニは怒りで燃え上がるハシバミ色の瞳で、ブルグの顔を睨み据える。


「オッドを放せ」



19.


「誰かと思えば、オッドが連れてきたチビのお嬢ちゃんか」


 ブルグは一瞬、腕をねじ曲げられて倒れている部下のほうへ不安げな視線を向けた。

 だが、目の前にいるのは非力な子供……しかも少女である。

 その事実が、ブルグに余裕を取り戻させた。


「どうやってここまで来たか知らねえが、ちょうどいい。領主にはお前を突き出すか」

「やれるもんならやってみろ。子供を虐めることしか出来ないくせに」

「はん、躾がなってねえガキだな」

「レニ、俺のことはいい。逃げろ!」


 レニは床に放り出されたオッドのほうを向いて言った。


「オッド、絶対に助けるから」

「助けるだあ? ガキが大口叩いてんじゃねえ!」


 怒声と共に掴みかかってきたブルグを、レニは横にステップを踏むようにしてひらりとかわす。勢い余って前のめりになったブルグの背中に、身体ごと肘打ちをくらわした。

 ブルグは声を上げ唾液を宙に吐き出したが、何とか倒れずに踏ん張った。口から吹き出した唾をぬぐい、怒りに満ちた眼差しをレニに向ける。

 不意打ちが出来ず、体格差もある相手では、肉体の打撃のみで致命傷を与えるのは難しい。

 レニは腰の後ろに横刺しにしているナイフに、手を伸ばす。

 ブルグは一瞬、レニの気迫に気おされたように身を引いたが、すぐに自分の弱気をかき消すように叫ぶ。


「俺を殺せばボスが黙ってねえぞ」


 レニの顔が強張るのを見て、ブルグはようやく余裕を取り戻した。

 レニの強さに対する警戒が消え、優位に立ったことを確信するように顔全体に嘲笑を広げる。


「自分の子飼いを殺された、なんて言ったらメンツが丸つぶれだからな。お前やオッドだけじゃねえ、お前らが出入りしているあの塾も、お前らとつながるガキどもも皆見せしめに潰されるぜ」

「レニ……」


 オッドはナイフの柄に手をかけているレニに、苦しげに言う。


「そいつの言う通りだ……。もう行け」

「オッド……」

「おいおい、勝手に話を進めるなよ」


 レニの手が、力なく剣の柄から離れたのを見て、ブルグが揶揄するように言った。その顔に、残忍で嗜虐的な笑いが浮かぶ。


「このチビにはたっぷり礼をしねえとな。ガキの分際で、ふざけた真似をしやがって」

「ブルグ……!」


 笑いを浮かべたままレニの腕を掴んだブルグを見て、オッドが叫んだ。


「止めろ! そいつは関係ない。俺がお前の下につけば、満足なんだろ! やるなら俺をやれ!」

「やけに必死じゃねえか、オッド。何だあ? このチビ、ひょっとしてお前の女か? ちょうどいい、俺がたっぷり可愛がってやるから、そこで見ていろよ。女なら、痛めつけかたも色々だからなあ?」

「ブルグ……っ! てめえっ! 殺してやる!!」

「はははっ! ざまあねえな、オッド。おめえがそうやって、わめく様をどんだけ見たかったか」


 ブルグはレニのほうに向きなおり、不意にその頬を力任せに張った。

 男の拳を受けて、レニの唇から血が滴り落ちる。

 刺すような目つきで自分を睨むレニの顔を見て、ブルグは嗤う。


「可愛げのねえガキだな。泣き声ひとつ立てやがらねえ。まあいい、どこまでその面が持つか見るのも楽しみのひとつだからな」


 ブルグがそう言い、もう一度拳を振り上げる。

「止めろ!」と叫びながら、オッドが不自由な身で何とか立ち上がろうとする姿が目の端に見える。

 衝撃に耐えるために全身を固くさせたレニの前で、不意にブルグの動きが止まった。


★次回

第160話「二転三転」

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