第15話 海鳩亭のにぎわい・2
2.
レニは再び食事を始めた。
その間にも新しく入ってきた客が、ひっきりなしに二人に声をかけてくる。
「よう、レニ」
「リオ、今日も聴きに来たぞ」
「おいレニ、リオ、こっちに来いよ。酒か菓子でも奢ってやるから」
あちこちの卓に誘われる。
大人について来た子供たちにも
「レニ、飯ばっか喰っているなよ。外でガン札とコマ回しやろうぜ。今日こそ決着をつけるぞ」
とまとわりつかれたりした。
3.
レニとリオが「海鳩亭」に腰を落ち着けてから、半月余りだ。
半月の滞在で、二人はまるでこの界隈に生まれた時から住んでいたかのように馴染んでいた。
物おじせず、すぐに人の輪に溶け込めるレニの性格によるところも大きかったし、二人の関係の説明するために用意した作り話の効果も大きかった。
「リオは大商人の一人娘で、強欲な父親から貴族のドラ息子との結婚を強いられた。父親の言いなりになるのが嫌で、幼馴染の騎士見習いだったレニと一緒に、家から逃げ出した」
それなりに事実の色合いも残している身の上話は、特に女性たちの間で受けが良かった。
「海鳩亭」の女将であるマリラを始め、港町の女性たちは口を極めて強欲な父親と貴族のドラ息子を非難した。
「そういう横暴な男たちにね、女はいつも泣かされて生きているんだよ」
「その……何だ、おとぎ話みたいな話だな」ともごもごと言いかけたヤズロの口を封じるように、マリラは力強く断言する。
それからリオの繊細な美貌を見ながら、しみじみと呟く。
「こんな別嬪さんじゃあね、色々な男に言い寄られるのも無理はないわねえ。どこかの国のお姫さまって言われても、信じちゃいそうだもの。ほんと、この手の白さったら。それに瞳の色の深さったらねえ、お人形さんみたいだわ」
「王宮に上がったら、きっと王さまだってリオのことがひと目で好きになっちゃうよ」
マリラの言葉に、レニはまるで自分が言われたかのように自慢げに鼻を膨らませた。
「こう見えてリオはね……」
「レニさま」
勢いこんで話そうとし出したレニの顔に、リオがゆっくりと顔を寄せた。
「なっ……なに?」
リオは白い指先を伸ばして、レニの赤い前髪を耳にかけた。
「髪の毛が乱れておられます」
「う、うん。ありがと……」
顔を赤らめて俯いたレニを見て、ヤズロとマリラは笑った。
「あんたたち、仲がいいなあ」
「まるでお母さんかお嫁さんみたいね」
「お、お嫁さんって……」
レニは、真っ赤になってもじもじする。
リオはそんなレニの様子をしばらく見守ってから、ヤズロとマリラのほうを向き言った。
「私は多少、芸妓の心得がございます。ご所望であればこちらで謡わせていただき、少しのあいだ皆様の心の慰めとさせていただければと思っております」
先日、船長のサイファーからも金子をもらっている。皇宮を出たときも、十分な資金は持ち出している。金にはさほど困っていない。
だがいつ何があるかわからないため、なるべく旅費は節約したい。
「へえ、あんた、お嬢さん育ちなのに歌も謡えるのか」
「うん、でも謡うだけだよ」
ヤズロの意外そうな言葉に、レニが大急ぎで付け加える。
王宮を出た直後は何も知らなかったため、芸妓を生業とする者はいわゆる「色」も売る者として見られるなど思いもよらなかった。一度、そのためひどく面倒なことになったことがある。
宿もまともな場所であればあるほど、そういう生業の者を敬遠する。
ヤズロとマリラは、その点について特に疑う様子もなく頷いた。
「食事どきに芸を披露してくれるって言うなら大歓迎さ。近所の連中も喜ぶさね」
レニとリオはホッとしたように息を吐き出した。
二人用の部屋を一部屋、とりあえず一か月借りる。
夕食時にリオが歌と演奏を披露することで、夕飯の代金は無しということで話がついた。
二人はこうして「海鳩亭」に、しばらくの間、腰を落ち着けることになった。
★次回
第16話「本当の人生」