第158話 無法者のアジトへ
「レニ! お前、無事だったのか!」
レニは頷くと、教室の中を見回す。
「みんな、ここに泊まったの?」
「衛兵たちが家探しをしていて、怪しい奴は子供でも引っ張っていくからかくまってもらったんだ。先生の塾にいりゃあ、衛兵たちも手は出せねえから」
「レニ、心配したぞ」
黒板の前に座っていたソフィスが、レニのほうへやって来た。普段は年に似合わぬ闊達な表情が浮かんでいる顔には、焦燥と疲労の色が濃い。
「ソフィス……」
「大丈夫だったのか? オッドは?」
「オッドは、私を庇って怪我をして……たぶん、ブルグっていう人に捕まっている」
「怪我をした?」
ルカが顔色を変えて、レニの肩をゆすぶった。
「怪我って、どれくらいだ? オッドは無事なのか?」
「大丈夫だと思うけど、助けに行かないと」
レニは唇を噛む。
「ブルグは、オッドを今回の事件の犯人として突き出すつもりだ」
ソフィスがレニの表情を観察しながら、ゆっくりと口を開く。
「領主さまの館に忍び込んで、爆発物を仕掛けたものがいると大騒ぎになっている。衛兵たちは、犯人は子供だと言っているが……」
「オッドは、ただ花火玉を仕掛けようとしただけだよ。それを誰かがすり替えたんだ! オッドは知らなくて……それで怪我をして」
訴えるレニに向かって、ソフィスは分かっているというように頷く。その顔には、憂いが浮かんでいる。
「しかし……もし、オッドが犯人として差し出されたら、そんなことを聞いてもらえるかどうか。貴族の館に爆発物を仕掛けたとなれば……重罪だ」
ルカのそばかすが浮いた顔から血の気が引き、薄暗い中でもはっきりとわかるほど青ざめる。
街の身よりのないチンピラが、領主の館に忍び込み、殺傷能力のある爆発物を仕掛ける。怪我人が出ていなくとも、その行為だけで死罪になる。
「ブルグの奴、最初からオッドを捨て駒にするつもりで、はめやがったのか……」
怒りと悔しさで、ルカは身を震わせる。
そうしてしばらくしたあと、外に出ようとした。
「ルカ! 待って、どこに行くの?」
「決まっているだろ! ブルグんところだ! オッドを助けねえと」
ルカは空色の瞳を激情で燃え立たせて、ギリッと奥歯を噛んだ。
「汚ねえよ、あいつら! 許せねえっ! ほんとに俺たちのことなんか、ゴミみてえに……っ!」
「待って! ルカ、私が行くから!」
制止の声を聞かず木戸を開いたルカを、レニは慌てて追おうとする。
だが、ルカは扉を開けた瞬間に立ち止まった。
自分の前に立ちふさがった男の顔を、呆気に取られたように見上げる。
「誰だ? あんた」
問われてイライス・アーゼンは、品の良い顔に静かな微笑みを浮かべた。
「君の友達の親戚のようなものだ。アーゼンと言う」
「親戚?」
呆気に取られた表情のまま、ルカは後ろに視線を向ける。
レニは慌てて何度か首を頷かせた。
「ええと……そのう、昔、お世話になった人、っていうか……」
「へえ」
ルカは毒気の抜かれた顔でアーゼンの姿を観察する。アーゼンは鷹揚な態度で、その視線を受けとめた。
「レニの知り合いのおっさんが、何でここにいるんだよ」
「私はいま、領主どのの屋敷で世話になっている。レニどのがこの街に来たのは、私に会うためでもあったのだ」
「レニは、逃げる時にあんたを頼った、ってことか」
アーゼンは口許をわずかにほころばせた。
「君はなかなか賢いな」
「馬鹿にしやがって」
ルカは憎まれ口を叩いたが、表情はさほど不快そうでもなかった。
アーゼンは、ルカが何か言うより早く口を開く。
「ならず者に捕まっている君の友達の件だが、私に任せてもらえないだろうか?」
「……あ?」
半ば胡散臭げに半ば当惑したような表情を浮かべたルカの顔を、アーゼンは覗き込む。
「君がブルグ、という男の下へ行っても、門前払いされるのが落ちだ。君がモタモタしている間に、ブルグは友達を領主殿に引き渡すかもしれない」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよっ」
自らの無力を指摘された悔しさから、ルカは怒りのこもった声を上げる。
アーゼンは特に動じた風もなく、突っかかってくるルカを面白そうに眺めた。
「引渡し元よりも、引渡し先を押さえたほうがいい。領主どのに私から話を通しておく。そうすれば、領主どのの下へ君の友達が来た時に、保護することが出来る」
「あ……」
ルカとレニ、ソフィスは、同時にアーゼンの顔を見る。
一瞬の沈黙のあと、ルカが言った。
「出来るのかよ? んなことが」
アーゼンは返答の代わりに小さな笑いをルカに向けた。ルカの顔がみるみるうちに明るく、活気に満ちたものになる。
「それならば、私も領主どのの下へ一緒に行こう。子供たちの事情を説明したい」
ソフィスの言葉にアーゼンは頷いた。
「今の時間では、招待客である私も領主どのに会うのは難しい。私がいったん館へ戻って、昼前に迎えの馬車を回しましょう」
アーゼンは室内を見回した。
朝の光の中で、多くの子供たちが不安げな表情で起き上がっている。
「ここにも衛兵が来るかもしれません。十分気を付けたほうが良い」
「わかった」
ソフィスはアーゼンの前に進み出ると、白くなった頭を下げた。
「どういう身の上のかたかはわかりませぬが、レニの知り合いということなら、信頼出来るかたであろう。どうか、オッドのことを頼みます。不幸な身の上のために色々なことを強いられているが、根は優しい子です」
「優しい子、ね」
アーゼンは微笑んだ。
ごくわすかな皮肉の風味があるように感じられたのは、レニの気のせいかもしれない。
「では、レニどの。参りましょう」
アーゼンは、促すようにレニの背中に触れる。
「参りましょう……って、どこに?」
路地に出ると、レニは小走りで先を行くアーゼンの隣りに並んだ。
レニの言葉に、アーゼンはうっすらと笑みを浮かべる。
「虫退治ですよ」
★次回
第159話「牢の中で」