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第152話 館への潜入・2

 シャルケの館は、典型的な高位の貴族の邸宅の作りをしていた。

 裏手に厨房や洗濯室、下働きの者たちの居住空間があり、通路でつながった領主の私邸、中庭を挟んで広大な前庭を備えた本館がある。

 裏庭から館の内部に入り込むと、廊下の先のほうには煌々とした灯りがついているのが見えた。人がひっきりなしに往き来している。


「あっちが厨房だ。料理を受け取って運ぶふりをして、本館に行く」


 忙しく立ち働く下働きの人間に紛れて、本館に入り込む。

 宴の時は、臨時に多数の人間を雇うため、見慣れないからと言って見咎められることはない。


「ただ、私邸や本館をウロウロしていれば当然怪しまれる。中庭に何個か仕掛けたあと、隙を見て本館に忍び込む」

「ねえ」


 レニは躊躇いがちに言った。


「仕掛けるのは……中庭だけじゃ駄目かな?」

「おいおいお嬢ちゃん、ビビッちまったのかよ?」


 大男のグランが、あからさまに馬鹿にしたようにレニを見る。

 反応するのも馬鹿馬鹿しく、レニは何も言わずにオッドの返事を待った。

 オッドは少し考えたあと、首を振る。


「中庭だけだと、誰にも気付かれない可能性がある」


 逡巡するレニの顔をチラリと見て、オッドは言った。


「大丈夫だ。花火玉は破裂した時の音と光は派手だが、それだけだ。側に誰かいたとしても、大した怪我はしない」 

「……うん」


 その時、隣りにいるトールが薄く笑ったような気がしてレニはそちらを向いた。

 しかし、トールはレニの視線に気付くとすぐに顔を背ける。その顔は、特に何の表情も浮かんでいなかった。


 四人は私邸と本館のあいだにある中庭に、外から回って入りこむ。綺麗に整備された庭の木々には、目立たないように紐が張り巡らせられ、魔術によって灯された灯りがところどころに下げられていた。

 これみよがしに派手ではなく、趣のある雰囲気が漂っており、館の主人の趣味の良さが伺えた。


 レニは花火玉を取り出して庭の目立たない場所に置く。

 置き終わると四人は、本館のほうへ向かった。

 通路の途中で、レニは少し前を行くオッドに声をかける。


「オッド、かなり先だけど見張りが二人いる」


 オッドは立ち止まり、通路の先に目をこらす。だが淡い光源に照らされた通路の先には、何も見えない。


「でたらめ言ってんじゃねえのか?」

「しっ!」


 不機嫌そうに呟いたトールの言葉を、レニは遮った。前方から目を離さず言う。


「一人は巡回みたい。もう他の場所に行く。もう一人は動かない」

「わかるのか?」


 オッドの問いに、レニは何でもないことのように頷く。

 しばらく物音に耳を澄まし、立ち去った一人が戻って来る様子がないことを確かめると、レニは言った。


「見張っている一人を何とかすれば、本館に潜り込めそう」

「何とかする?」

「後ろからついてきて」


 レニはそう言うと、返事を待たずに素早い動きで通路の奥へ進んだ。

 本館の通路の入り口に立つ衛兵が見えてくると、なるべく物慣れた堂々とした足取りでそちらへ進み出る。

 衛兵はレニを見つけると、わすかに姿勢をのばし、長い槍を持ち直した。


「炊事場の者か。ここから先は、奥の者は立ち入り禁止だ」

「え?」


 レニはわざと驚いたように声を上げる。


「まだ、ご命令を受け取られていないのですか?」


 困惑した顔を作り、その場に立ち尽くす。

 厳しく不審げな表情を浮かべていた衛兵の顔に、徐々に不安と焦りが浮かび出す。


 こういう場合、嘘をつく必要はない。相手の心に迷いを生じさせるだけで十分だ。     

 自分が聞いていること以外には、まったく反応しない人間であれば厄介だが、組織の中で末端にいればいるほど、自分たちが情報に疎く、上の人間がいかに朝令暮改かを知っている。こちらが思わせぶりなことを言えば必ず迷う。

 案の定、衛兵の男の頭の中にはあれこれ吹き込むまでもなく、様々な可能性が駆け巡っているようだった。


「命令……。命令とは、隊長どののご命令か?」

「ええと……」


 レニは困惑と不信の顔つきを作り、衛兵の顔をちらりと見上げる。

 それから軽く首を振り、頭を軽く下げる。


「わかりました。出直して参ります」

「ま、待て」


 衛兵は慌てて言った。


「命令とは、どんな命令だ」


 用心深い口調で尋ねた衛兵に、レニは澱みのない口調で答えた。


「そろそろ七の刻半になるので、表庭の警備をしている兵士に振る舞い酒をすると。そのため様子を見てきて、知らせるように言われております」


 後ろでオッドが微かに息を呑んだのが分かる。

 レニは言った。


「ご不審があるならば、すぐに確認していただきたいのですが」

「わかった。少し待て」


 慌てて衛兵が背中を向けた瞬間、レニはその腹を固めた拳を痛打した。声を上げて前のめりになった衛兵の首に、合わせた両手を叩きつける。

 衛兵は白目を剥いて、その場に昏倒した。

 三人の男たちは、呆気にとられてその場に棒立ちになる。

 レニは編上げ靴の隙間から長い針のような投げナイフを取り出すと、素早く衛兵の首筋に刺す。慣れた手つきで持ち物を改め始める。


「通行許可証を持っているから持っていこう。この人をどこか空き部屋に隠して。薬も入れたから目が覚めてもしばらくはぼんやりしていると思うけど、効きが悪い時もあるから暴れても気付かれないようにしてね。君たちのどっちかが衛兵のフリをして、どっちかがこの人を見張って」


 レニは慣れた様子で、トールとグランに指示をする。二人は憎まれ口を叩くのも忘れ、慌ててレニの言葉に従った。

 トールとグランが衛兵の服をはぎ始めるのを確認すると、レニはオッドを促す。


「オッド、行こう」


 オッドはトールとグランにこの場で待つように伝えると、レニと共に本館に入った。



★次回

第153話「一緒に出るんだ。」

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