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第148話 ブルグとの約束

9.

 

 それなりに高価な調度が揃っている部屋の長椅子に、大柄な男が座っていた。

 年齢は二十代半ばくらいだろうか。

 自分の力を誇示するように広げた腕を背もたれに乗せ、太い足をこれみよがしに組んでいる。

 いかにも腕力と強面だけを武器にしてのしあがってきたような顔には、猜疑心の強さと抜け目のない計算高さが浮かんでいた。


「オッド、おらあガキを十人は集めてこいと言ったはずだ。やけに少ねえじゃねえか」


 ブルグの揶揄を含んだ言葉に、オッドは特に臆する様子もなく、平板な口調で答えた。


「領主の館に忍び込むなら、むしろチビどもは足手まといだ。騒ぎなら、俺だけでも起こせる」


 ブルグは眉をしかめた。何かケチをつけたいと言いたげにオッドの痩せた体をジロジロと眺める。

 何も反応しないオッドを不機嫌そうに眺めたあと、その視線をレニのほうへ移す。


「こいつか。グランたちを()()()ガキは」

「領主の館には、グランとトールの他にこいつを連れていく。腕は確かだ」

「はん、まあそうらしいな」


 ブルグの顔には、そのことに対する露骨な不満が浮かんでいた。

 だが特に言うことが見つからず、脇を向いた。


「お前が出来るって言うならそれでいい。手筈は覚えているな?」


 ブルグの言葉にオッドは無言で頷く。

 ブルグは、念を押すように言った。


「やるのは六日後の、宴が本番になった時だ。頼んだぜ」

「わかった」


 オッドが短く頷くと、ブルグは不意に笑みで厚い唇を歪めた。オッドに対する露骨な悪意が、顔全体に広がる。


「何せ、お前はボスのお気に入りだからなあ。万が一にも、失敗なんてねえだろうな」

「ブルグ」


 悪意がしたたるブルグの顔を、オッドは真っ直ぐに見つめる。


「この件が上手くいったら……約束したことは覚えているか」

「約束?」


 ブルグは馬鹿にしたように首を捻りかけたが、オッドの金褐色の瞳に瞬く鋭い光を見て、不機嫌そうに横を向いた。

 オッドはその顔にピタリと視線を当てたまま、低い声を吐き出す。


「うまくいったら、下町の子供とあの塾には二度とちょっかいは出さねえって約束だ」

「わかったよ、うるせえな。あんなオンボロ塾、頼まれたって構わねえよ」


 いかにも興味がなさそうに手を振るブルグの顔を、オッドは睨みつける。


「確かだな?」

「お前がやることをやりゃあな」


 ブルグは厚い唇をねじ曲げて笑う。

 オッドはその顔をジッと眺めていたが、やがて顔を逸らした。



10.


 ブルグとの話を終えると、オッドは慣れた様子で空いている部屋にレニを招き入れる。

 椅子に腰をかけると、レニは身を乗り出して問いを口にする。


「オッド、領主さまの館に忍び込むの?」


 レニは言葉を続けた。


「六日後って……領主のシャルケ様のところでパーティーが開かれる日だよね」


 オッドはしばらく黙ってから、普段と変わらない顔つきで口を開いた。


「宴が一番盛り上がる二日目の夜に、シャルケの館に忍び込んで騒ぎを起こす。この街の外の貴族も招かれているからな、賊の侵入を許したシャルケの面目は丸つぶれになるはずだ」

「何で……そんなこと」


 オッドは視線を脇に向けたまま言った。


「都市浄化法のためだ」

「都市……浄化?」


 怪訝な顔つきで呟いたレニに、オッドは視線を向ける。


「下町の人間を取り締まる法律だ。これが成立すれば、道端で寝転んでいる、ってだけでも捕まえることが出来る」


 レニは息を飲む。

「都市浄化法」に類似した法は、宮廷や貴族の居住区、富裕層の住む地域で住環境を守るために適用されることはある。

 だが、貧しい人たちの住む地域を取り締まるなど聞いたことがない。下町でそんなことをすれば、家のない人間はそれだけで罪人になる。


「領主さまは……そんなことをしようとしているの?」


 信じられない思いで呟くレニを見て、オッドは軽く首を振る。


「何度か話が出ているが領主は反対している。シャルケは贅沢好きだが、貴族にしては物がわかっている。そんなことをすれば、下町の人間は家畜も同然になる」

「じゃあ誰が……」

「ブルグの上にいる、俺たちのボスだ」

「え……何で」


 オッドたちのボスと言えば、この街の裏社会を牛耳っている人間だろう。

 法が出来たら、むしろ取り締まられる対象ではないか。

 そうしたレニの内心を察したのか、オッドは答えた。


「下町にそんな法を適用するのは現実的じゃない。取り締まるほうの手間も膨大だ。捕らえても収容する場所に限界がある」

「だよね、お金がないからそうせざるえないんだから。取り締まっても同じことの繰り返しだよ」


 だから、本来は上から押さえつけるよりも、貧しい人たちの生活を向上させるという方法で、都市の治安を守るのだ。

 シャルケが金を使うのは、贅沢好みという以外に市場を潤わせるためというのもあるのだろう。


 レニの真剣な顔つきを、オッドは怪訝そうに眺めた。何か言いかけたが、気が変わったように頷く。


「俺たちのボスのテインシィは、そこに目をつけた」

「どういうこと?」

「取り締まりや収容は自分たちがやる。そうすることで、領主から金も入るし、下町を支配することも出来る。使い捨ての労働力も手に入れられる。一石三鳥だ」

「取り締まりを裏社会の人間にやらせるの?」


 そんな……と呟き、レニは言葉を失う。

 オッドは独り言のように言った。


「貴族や金持ちにとっちゃあ、ゴミ溜めを管理してくれる奴がいて何も問題が起こらなきゃあそれでいいんだ。テインシィがこの話を手を回して持っていった時、誰も反対しなかった」

「で、でも、シャルケさまは……」


と言いかけて、レニはハッとする。

 なぜ、オッドが宴の真っ最中に騒ぎを起こすという役割を担わされたのか、にわかにハッキリした。


「それで……下町の人間がシャルケさまの屋敷に侵入して騒いだ、ってことにするの?」


★次回

第149話「他に方法がない。」

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