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第146話 このまま大人になっても。

 ルカの横に立ったレニは、ハッとしてルカの顔を見つめる。

 ルカは隣りにいるレニの反応には気付いていなかった。ただひたすら、オッドの視線を捉えようとしていた。


「お前だって、分かっているだろう。あいつらは俺たちなんか、使い捨ての駒くらいにしか思っちゃいねえ。都合よく利用して、働かせて、いざとなったら見捨てられる。ずっとこの世界で生きていくつもりかよ。このまま大人になって、死ぬまであいつらの言いなりになって生きていくのかよ」


 オッドは、ふと瞳をルカのほうへ向けた。

 言葉を続けようとしていたルカは、思わず口を閉ざす。

 自分に向けられた褐色の目には、深く暗い、まるで何十年も牢屋に閉じ込められて生きてきた人間のような諦念があった。


「じゃあ、どうしろって言うんだ? この街の裏路地以外、あいつの下で働く以外、どこで俺たちみたいな人間が生きられる? 何も知らない、何のコネもない他の場所に行ったって同じだ。誰かに飼われて、野垂れ死にするのが関の山だ」

「だ、だから!」


 ルカは、足を路地の奥へ向けようとするオッドを引き留めるように声を上げる。


「お前も、先生の塾に来いよ。勉強すれば金が稼げるようになる。皆で金を貯めて力を合わせれば、商売だって出来る。馬車とか船を買って商会を作ってさ。お前は頭がいいから、先生みたいに塾を開くことだって……っ!」


 オッドは唇を釣り上げた。奇妙なほど優しげな笑いだった。

 ルカはその表情を見て、言葉を途切らせる。


「無理だ。俺はもう……ボスにだいぶ世話になっている。俺があの塾に行くようになれば、ブルグはあそこを潰す。ボスの面子をつぶした、ってことでな。その時に来るのは、グランやトールのような奴らじゃない。もっと容赦のない人間が来る。あそこは見せしめにされる」

「みんなで考えれば、何とかなるよ。先生も……先生が、きっと何か考えてくれる」


 オッドは口の端を笑いで歪めた。今度ははっきりと皮肉が混じっていた。


「お前だって……分かっているだろ。この街で、ボスに逆らうのがどういうことか」


 オッドの言葉に、ルカは唇を噛む。

 オッドと同じ世界に生まれ、同じ世界を生きてきたルカは、取り囲む環境に対して自分たち子供がどれだけ無力であるかわかっている。

 彼らが生きる世界の大人たちは、親も貧困にあえでいる、もしくは親がいないがゆえに頼るものがいない子供たちを、一方的に搾取し利用できるものとしか考えていない。

 子供たちの大半は、大人から無理な仕事を請け負わされて命を落とす。運良く生き延びた少数の子供が大人になり、昔の自分と同じような境遇の子供を利用する側に回る。

 それがオッドとルカが生きる世界の法則であり、現実だった。


 言葉に詰まるルカを見て、オッドは言った。


「ルカ、お前はあの塾で勉強しろよ」


 顔を上げたルカに、オッドは小さく笑いかけた。


「あそこにいるチビどもと、何か商売でもしろよ。夢なんだろ、お前の」

「オッド……」


 オッドは何かを振り切るように、踵を返す。


「じゃあな、ルカ。おふくろさんを大事にしろよ」

「オッド……!」

「待って」


 慌てて追いすがろうとしたルカよりも早く、レニが足を踏み出した。

 呆気に取られているルカを尻目に、レニは立ち止まったオッドのほうへ歩み寄る。


「私が手伝うよ!」


 胡乱そうに眉をしかめたオッドの顔を、レニはまっすぐ見つめる。


「さっき、私が君の手下の倒すのを見ていたでしょう? そんじょそこらの男の子なんかより、ずっと役に立つよ」

「お、おい、レニ」


 オッドから説明を求めるように視線を向けられて、ルカが慌ててレニの服の裾を引いた。


「お前……お前、何を言っているんだよ!」

「ソフィスから言われたんだ。ルカとオッドのことを頼む、って」


 レニのはっきりとした言葉に、オッドは金色の混じる茶色の瞳を僅かに見開く。

 ルカは困惑したように頭をかいた。


「お前……だからって……。あのな、オッドが請け負う仕事っていうのは……」

「分かっている」


 話の内容を聞けば察しはつく。

 ルカやオッドは、この一帯を仕切る大人に牛耳られ、非合法の仕事を請け負わされているのだ。

 レニがルカと初めて知り合ったのも、ルカがレニの荷物を盗んだことがきっかけだった。ルカたち子供は盗んだ品物の上前をはねられており、そうやって年上の人間に従わなければ生きていけない境遇だった。

 あの時ルカたちを搾取していたのはただのチンピラだった。ルカやオッドの話に出てくるブルグという男は、それよりもさらに厄介な、裏社会につながっている人間だと想像はつく。


 どんな仕事をさせられているかはわからない。だがだからこそ、このまま放っておくことは出来ない。


「お前……誰だ?」

「ルカとソフィスの友達だよ。さっき、ソフィスの塾や塾の子供たちとか守ってくれたでしょう? だから、今度は私が君の力になりたい。ソフィスは君のことを心配していたよ、凄く」


 ソフィスの名前を出した瞬間、オッドは表情を隠すように顔を背けた。

 レニはその横顔から目を離さずに言う。


「私は旅をしていて、ルカに会うためにこの街に寄っただけなんだ。だから何かあっても、ルカにもソフィスにも迷惑はかからないよ」


 断られても意地でもついて行く。

 レニの表情からそんな強い意思を感じ取ったかのか、オッドは微かに吐息して踵を返した。


「とりあえずついて来い」

「お、おい、オッド……」

「ルカは塾に戻って。オッドのことは任せて、ってソフィスに伝えて」

「任せて、って……。レニっ」

「塾とソフィスのことは任せるから」


 路地の奥へ向かったオッドの後を追いかけながら、レニはルカに言う。

 ルカはただ茫然として、二人の後ろ姿を見送った。


★次回

第147話「あんた、凄いな。」

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