第142話 話を聞かせて
4.
半刻近く経ったころ、ソフィスの話はひと段落した。
子供たちに時間まで休憩を取ることを伝えると、ソフィスはレニとルカに声をかけた。
「レニ、良かったら話を聞かせてくれ」
奥の部屋は、ソフィスの私室になっていた。
古ぼけた粗末な机と椅子、小卓と長椅子が置かれただけの狭い部屋だ。机の上には、雑多な種類の本が積み上がっている。横についた扉の奥は、炊事場と寝室があることが見て取れる。
窓の外には隣の家の壁が見え、昼間だというのに部屋の中は薄暗い。
レニは、物珍しげに室内を見回す。
「ソフィス、ここに住んでいるの?」
「ああ、最初は王都まで行くつもりだったが、この街が気に入ってな」
ソフィスは台所で淹れてきた茶を、小卓の上に置いた。
レニは礼を言って、温かい茶を手に取る。
ルカは馴れた遠慮のない様子で、音を立てて茶をすする。
「この塾は、俺たちも作るのを手伝ったんだぜ」
ルカは自慢げに言った。
「いらない材木で机を作ったりさ。先生、何も知らねえから」
「君たちには世話になったな」
ソフィスは微笑みながらそう答える。素直に礼を言われて、ルカは赤くなった頬を隠すようそっぽを向いた。
そんなルカをしばらく見守ってから、ソフィスはレニに言った。
「この街の人たちは、みんな親切でな。塾を作って子供や若者を教えたいと言ったら、空いていたこの家を貸してくれたり、色々協力してくれたよ」
「最初はみんな、うさん臭えと思っていたけどな。変なじいさんが来たって。大人は子供が塾に来るのを嫌がるし」
「そうなんだ」
眉を曇らせたレニに、ソフィスは言う。
「余裕のない生活をする人にとっては、子供は貴重な労働力だ。自分たちがいない間に家のことをさせたり、下の子供の面倒を見させたり、生活に欠かせない。塾に行く時間があれば、店番や小遣い稼ぎをして欲しいと思うだろう」
みんな生きるのに精一杯なんだ、というソフィスの言葉に、レニは頷いた。
「でも、今はみんな塾に来ることを許してもらえているんだね」
レニの言葉に、ルカは肩をすくめる。
「先生が領主のシャルケ様の息子の家庭教師になってから、コロッと態度が変わったんだ。先生に教われば、末はお大尽さまになれるかもしれねえってな。シャルケ様に……ええっと、陳情? も伝えて欲しいとかさ」
大人ってマジで偉い奴に弱くて現金だよな、と擦れた口調で言うルカを、ソフィスは困った顔で見る。
「ソフィス、領主の息子にも教えているの?」
「私が学府の出身だと聞いたらしい。いくら学徒でも紹介もなしに息子の家庭教師に、ということはなかなかないが、シャルケ様はおおらかなかたでな」
「まっ、お貴族さまにしちゃあ悪くねえ領主だよ。派手好き、遊び好きだけどケチじゃねえし、必要以上に俺たちを締めつけたりしねえしな」
ルカは大人びた口調でそう説明する。
ソフィスは部屋の中を見回した。
「ここもシャルケさまからの謝礼があるから、やっていけている。後は貴族や商人や大人の塾生たちからの寄付とかだの」
それからソフィスはレニを見つめて、話を切り出した。
「それで、レニ、君のほうは隊商を降りたあと、どうしていたんだ? コウマや……リオは?」
「コウマとは、学府で別れたんだ。オラグ教の聖地に行く、って言っていた」
レニの言葉に、ソフィスは皺に囲まれた茶色の瞳を細める。
「学府へ行けたのか」
「うん。ソフィスの友達のクレオさん、学長になっていたよ」
「学長……」
ソフィスは驚きで目を軽く見開き、感慨深そうに呟いた。
★次回
第143話「好きな男」