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第141話 塾での再会

「ルカ、塾に行っているの?」

「わりぃかよ」


 レニは慌てて首を振る。


「ううん、ちょっと意外だけど」


 レニは少し考えてから言う。


「塾って、お金がかかるんじゃないの?」

「子供からは取らねえんだ、先生は」

「先生?」


 ルカはさらに顔を赤くした。


「い、一応、教えてもらっているからな。変わったじいさんだよ。学府に行ったことがあるとかで、領主のシャルケ様のところにも招かれている」

「学府?」

「俺は眉唾ものだと思っているけど。学府を出たって嘘をつく、エセ学者なんていくらでもいるからな」 


 権威に屈したと思われるのは、自分の沽券に関わると思い、ルカは殊更強い口調でそう言った。


 裏町にほど近い、石造りの小さな建物の前で二人は立ち止まる。

 街の中でも貧しい人が多い地域で、通りは薄暗く汚れているが、建物の周りは綺麗に掃除がされていた。

 中からは騒々しい子供たちの声が聞こえてくる。

 

「私も入っていいの?」


 遠慮がちに尋ねるレニに、ルカは明るい表情で言った。


「大丈夫だよ。みんな日によって来れたり来れなかったりするけど、先生は全然気にしねえし。来たいときに来ればいい、っていっつも言っているぜ」


 ルカは慣れた様子で扉を開けた。

 部屋の中は、ごく簡素な広間のようになっており、古ぼけて傷だらけになった、木の長机と長椅子が左右に五列並んでいる。

 七歳から十五歳ほどの子供たちが、密着するように並んで座り、机を叩いたり白墨を投げ合ったりペンでつつきあったりと大騒ぎしている。

 ルカとレニが部屋に入ると、子供たちは一斉に振り向き、てんでバラバラに声を上げた。


「おっ、ルカだ」

「後ろの子、誰だよ」

「先生、ルカが来たあ」


 ただでさえ騒がしかった室内は、途端に蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。


 ルカは近寄ってくる子供たちをかき分けながら、部屋の一番前に進んだ。

 壁に大きな黒板がかかっており、脇に七十歳ほどに見える男が座っていた。目立たない清潔で質素な身なりをしているため、首に巻かれた青いスカーフがいっそう色鮮やかに見える。

 男は穏やかで優しげな表情をしているが、子供たちを見る茶色の瞳は二十代の若者のような明るい活力に満ちていた。


「先生」


 ルカが声をかけると、男は立ち上がった。


「友達が来ているんだけど、一緒に授業を受けていいか」

「もちろん……」


 男は微笑みかけて、言葉を飲み込む。

 自分の顔を凝視するレニの姿を見て、茶色の瞳を驚愕で大きく見開いた。

 男は信じられないと言いたげに、喜びに満ちた声を上げる。


「レニ……レニか? 何とまあ……」


 男の言葉を聞いた瞬間、レニはその老いた体に飛びついた。


「ソフィス!」

「レニ、こんなところで会うとは……」


 感極まったように自分の体を抱き締める少女に、ソフィスは優しく抱擁を返した。



3.


「え? 先生とレニって知り合いなのかよ?」


 懐かしそうに抱き合う二人を見て、ルカは呆気に取られて声を上げる。

 室内の子供たちもふざけあうのを止めて、再会劇を目を丸くして見ている。


 ソフィスはレニの背中に手を添え、ルカと子供たちに向かって言った。


「みんな、この子はレニと言う。この街に来る途中の馬車の中で、友達になったんだ」

「へえ、ルカの友達が先生の友達なの?」


 ソフィスは優しい眼差しで、ルカとレニを交互に見比べる。


「ああ、私も驚いた。レニとルカが友達だったとは知らなかったからな」

「私も、ルカの塾の先生がソフィスだなんて思わなかったよ」

 

 レニは、質素だが整えられた室内や生き生きとした子供たちの表情を見回す。


「凄いね、ソフィス。子供たちのために塾を開くっていう夢を叶えたんだね」

「フフ、なかなか理想どおり、とはいかんがの。悪戯者が多くて」


 ソフィスに視線に気付き、ルカはそっぽを向く。

 ソフィスはその姿を見て少し笑ったあと、ふとレニに尋ねた。


「レニ、一人なのか? リオは……」


 レニの表情から明るさが消えるのを見て、ソフィスは口をつぐむ。

 ルカが遠慮のない口調で言った。


「リオさんは、結婚したんだと」

「けっ、こん?」


 ソフィスは呆気に取られて呟き、俯いているレニの顔を凝視する。


 何も言わないレニをソフィスはしばらく観察していたが、「先生ー、時間だよー」と子供たちから声をかけられて我に返る。


「おお、そうだったな。済まない、みんな。すぐに授業を始めよう」


 ソフィスは明るい表情を室内に向けたあと、レニの背中を支えるように、ルカの隣りの席を示した。


「レニも良かったら聴いていってくれ。今日は午前中は読み書きと大陸の地理と気候についてだ。一度、中休みを取るから、その時に話を聞こう」


 レニは誘われるままに、ルカの隣りに腰かけた。

 最初のうちは騒がしかったが、ルカを始め、年長の子供たちが睨みをきかすと、子供たちは口をつぐんで大人しくなる。

 開いた窓からは、時折、通りかかる大人たちも物珍しそうに顔を覗かせる。

 レニはルカに、紐でくくった粗末な本を見せてもらいながら、ソフィスの声に耳を傾けた。


★次回

第142話「話を聞かせて」

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