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第140話 リオは結婚したんだ。

2.


「ごめん、忙しかった?」

「別に」


 賑やかな市場の中を早足で歩きながら、レニの問いにルカはぶっきらぼうな調子で返事をする。

 並んで歩くと、二人はほとんど同じくらいの背丈だった。

 そのことに気付いたのか、レニは驚いたように言った。


「ルカ、背が伸びたね」

「あたりめえだろ。お前らが前にこの街に来てから、一年以上経っているだぜ」


 市場の喧騒が遠のくと、ルカは手を放して旅装姿のレニをジロジロと眺めた。


「お前はあんまり変わらないな」

「そ、そうかな?」

「田舎から出てきた世間知らずのお上りさんにしか見えねえ。一年前と同じで、ネギしょった鴨のままじゃねえか」

「こう見えて色々経験したんだよ」


 ヅケヅケとしたルカの指摘に、レニは頬をふくらませる。


「ルカと別れたあと、船でフローティアにも行ったし、ゲインズゲートにも学府にも行ったんだから」

「へえ」


 ルカは意外そうに青い瞳を見開く。


「てっきりどこかで身ぐるみ剥がされて、田舎に帰ったと思っていた」

「ひどいっ」


 抗議の声を上げるレニの姿を、ルカは観察する。


 この赤毛の少女と最初に出会ったのは、一年前の春だ。

 見るからに世間知らずの田舎貴族の娘といった様子で、当時のルカから見たら「いい鴨」だった。

 目立たないようにしてあるが、上等のものであることがすぐにわかる身なりをしていることも癪に触った。退屈だとか窮屈だとかそんな理由で田舎を飛び出してきたのだろう。

 自分がいかに恵まれているかも知らない世間知らずのお嬢さまに、世の中の厳しさを教えてやる。

 親切めかして騙すために近付いたが、紆余曲折あり、何だかんだこの街を出るまで、面倒を見ることになったのだ。


 ルカは目の前のレニの姿から視線をずらし、さりげなく辺りの様子を見る。

 レニのほうから説明してくれないかとチラリとその顔を眺めたが、レニはルカの内心を察する様子もなく、街のここが変わった、あそこは変わらないとどうでもいいことばかりを話している。

 ルカはジリジリとして待っていたが、レニが一向に聞きたいことを説明する様子がないのを見ると、「おい」と話を遮った。

 怪訝そうなレニの視線から微妙に顔を背けて、ルカは口ごもりながら言った。


「お前、一人、なのか?」


 指摘された途端、レニの表情が翳る。


「うん……」


 聞きたい気持ちと聞くことが気恥ずかしい気持ちの間で、ルカは悩んだ。だが、結局は聞かずに済ますことは出来ないことはわかっていた。

 特に興味はないが気付いたからとりあえず聞く、といった気のない様子を出来得る限り装って尋ねる。


「その……リ、リオさんは? 宿で待っているのか?」


 思ったよりもぎこちない口調になってしまい、ルカは内心慌てる。

 だがレニは、ルカの様子にはほとんど注意を払ってなかった。常の彼女らしくもなく、暗い顔つきになる。


「リオは、いないんだ」

「いない?」


 ルカは弾かれたように顔を上げる。


「いない、ってどういうことだよ? はぐれたのか?」


 真剣な顔で詰め寄るルカの言葉に、レニは慌てて答えた。


「ち、違うよ。えっと、家に帰った、っていうか」


 あやふやなレニの言葉に、ルカは眉をつり上げる。


「帰った? 帰ったって……帰ったら、リオさんは貴族のドラ息子と結婚させられちまうんだろ?」

「えっ……? あっ、そうか」

「あっ、そうか、じゃねえよ」


 ルカはレニの顔を睨みつける。


「お前、それなのにリオさんを家に帰したのかよ。リオさんを助けるために、家から連れ出したんじゃなかったのかよ」


 見損なったぜ、と声を荒げたルカを、レニは押し留める。


「違うよ。その……リオには元々好きな人が……いて」

「え?」


 絶句したルカの前で、レニはうつむく。


「その人と一緒になったんだ」

「好きな人? リオさんに?」


 ルカは呆気に取られて呟く。

 記憶にある物静かで控えめなリオの姿を思い浮かべる。その宝石のように美しい瞳は、いつもレニのことを見つめていた。まるで、自分がこの世で最も尊いと思うものに祈りを捧げるように。

 その姿は幸福で満ち足りており、別の場所に少しでも心にかけるものがあるようには見えなかった。故郷に好きな人がいた、と言われても、衝撃を受ける以前に、まるでピンとこない。


「リオさん、結婚したのか?」

「うん、まあ」


 頷くことが精一杯なレニの様子を、ルカは戸惑って眺める。

 レニのハシバミ色の瞳から涙がこぼれそうになっているのを見て、気を引くように声を大きくした。


「レニ、俺、今から行くところがあるんだよ。昼には終わるから、それまで待っていろよ。話は後で聞くからさ」


 レニが返事をするよりも早く、ルカは「いや」と言葉を続けた。


「お前も一緒に来いよ。どうせ暇なんだろ?」


 歩き出したルカの横を、レニは並んで歩き出す。


「どこに行くの?」

「別に大したところじゃねえよ」


 怪訝そうなレニの眼差しを受けて、ルカは無愛想な顔つきで言う。


「塾だよ」

「塾?!」


 レニは瞳を大きく見開いて、僅かに赤くなったルカの横顔を凝視する。 


★次回

第141話「塾での再会」

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