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第139話 久しぶり。

★これまでのあらすじ★

 皇国の元女帝だったレニとレニの夫の寵姫だったリオは、王宮を脱け出して二人で旅をしていた。

 しかしレニは、王都に戻ったことをきっかけに自分の無力さを痛感する。

 自分ではリオを守れない。そう思ったレニは、リオを夫である国王イリアスに託す。


 そうしてレニは、母であるエリカ太后に会うために一人で旅立った。

1.


 王都からほど近い、商業都市アッシュイナは、その日も普段と変わらない朝を迎えた。

 市場での荷運びの手伝いが終わり駄賃をもらうと、ルカは勉強道具を持って下町のほうへ足を向ける。


「おうっ、ルカ。手が空いてんなら、手伝ってくれよ。シャルケ様のお屋敷に、卸す果物を持って行かなきゃならねえんだ」


 市場で馴染みの業者の男から声をかけられて、ルカは足を止めた。

 十三歳という年齢しては小柄な身体をしている。そばかすが浮いた顔にも幼さが多分に残っていたが、青い瞳は大人でも滅多に見ないような抜け目のない光が宿っていた。


「へえ? シャルケ様のところで、何かあんのか?」

「ダンスパーティーだとよ。三日三晩、庭を開放してどんちゃん騒ぎをするらしい。五日後には前夜祭だからな。こっちはてんやわんやだ」

「お貴族さまはいい気なもんだな」


 ルカは皮肉な笑いを浮かべて、大人びた仕草で肩をすくめる。

 業者の男は、顔を上げて笑った。


「そのぶん、俺たちも稼がせてもらえるからよ。ケチでしみったれで税もふんだくるんじゃあ腹が立つが、派手好きの贅沢好みで金払いがいいなら俺たちにとっちゃあ神さまみてえなもんだよ。取られたぶんは取り返さねえとな」

「そりゃあ、精が出るこって。せいぜい頑張れや、おっさん」


 片手をひらひらと振って、通り過ぎようとするルカを、男は慌てたように呼び止める。


「おおいっ、手伝ってくれないのか」

「こう見えて忙しいんだよ」


 重ねて引き留めようとした男は、ルカの痩せた肩にかかっている荷物を見て、ほうっと息を吐いた。


「お前、まだあの学者の先生の……塾? とかいう奴に行っているのか」


 男の言葉に、ルカは日に焼けた頬を赤くする。


「チビどもに読み書き計算を教えてくれるのはありがてえけどな、それ以上、勉強なんてしてどうするつもりだよ。お偉い学者さまにでもなるつもりか?」


 男の声には、呆れとからかう響きが等分に含まれていた。


「別に……暇だから行っているだけだ。あのじいさん、飯とか菓子もくれたりするから」

「何だよ、暇なんじゃねえか。なら、手伝ってくれよ」


 男は再び、荷物の積み上げを始めながら言う。


「飯なら、うちでいくらでも食わしてやるよ。働いたぶんはな」

「い、いやっ」

「暇なんだろ? 頼むよ、ルカ。昼に人が来るまで、人数が足りねえんだ」


 男は人の好さそうな笑いを浮かべ、拝むように胸の前で手を合わせる。ルカが塾に行くことよりも自分の手伝いをすることを選ぶ、と心の底から信じ切っているようだ。

 ルカは唇を噛み締め、その場に立ち尽くす。

 男の言う通りだ。生活に余裕がないルカのような子供にとって、稼げる機会や時間は貴重だ。将来役に立つかどうかもわからない、知識を学ぶために机に座っているのは、贅沢であり、それ自体が死活問題になる。

 そうわかっているのに、何故か足が動かなかった。


「ほら、この荷物を運んでくれ。ガイ、ルカが手伝ってくれるってよ」

「ありがてえ。それなら昼までに間に合いそうだな」


 ちょうど荷運びにやって来た「ガイ」と呼ばれた下働きの男も、嬉しそうに言う。

 二人は作業の手を休めずに話していたが、ふとルカがその場に突っ立ったままでいることに気付き、顔を上げた。


「ルカ、何をしているんだよ、早く手伝ってくれ」


 半ば怪訝そうに半ば忙しさに対する苛立ちを見せながら、男はルカをせかす。

 ルカは迷うように、肩にかけた荷物の紐を握りしめた。

 だがそれは一瞬のことだった。手から力を抜き、諦めたようにうつむく。


「わかったよ」

 

 そう言って足を踏み出そうとしたその時、


「ルカ」


 遠慮がちな声に、背後から呼び止められて、ルカは振り返った。声の主の姿を確認した瞬間、驚きで目を見張る。


「お前……レニ?」


 建物の陰から出てきたレニは、懐かしそうな表情でルカに笑いかけた。


「ルカ、久しぶり」

「レニ、お前、何でここに……」

「ルカ、知り合いか?」


 市場の男の問いに、ルカは答える。


「知り合いっていうか、前にこの街に来た時に、面倒を見てやった奴」


 市場の男は相好を崩した。


「面倒を見てやった、か。こんな可愛い子がわざわざ訪ねてくるなんて、お前も隅に置けねえな」

「そんなんじゃねえよ」


 ルカは愛想のない口調でそう返したが、すぐに早口で付け加えた。


「こいつに会うのは久しぶりだからな。相手をしねえと」

「まあ、客が来たんじゃ仕方ねえな」


 男はため息混じりに笑い、「また今度頼むぜ」と言って仕事に戻る。

 ルカはその言葉に頷くと、レニの手を捕らえ、その場を離れた。


★次回

第140話「リオは結婚したんだ。」

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