表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

138/256

第137話 何がわかる。

「他の人間と共にいることが?」


 自分が世の中で最も貴いと思う美しい青い瞳が、見たことのない暗い輝きをたたえてギラつく様を、イリアスは半ば驚き半ば魅せられたように見つめた。

 リオの唇から、圧し殺された激情で震える声が洩れる。


「あなたは嘘をついている」

「寵姫……」

「あなたに……何がわかる」


 リオは唇を噛みしめ、青い炎のような眼差しでイリアスの顔を貫いた。


「レニさまが……レニさまが、俺を置いていくはずがない!」


 全身に刃で裂かれるような鋭い痛みが走るのを、イリアスは感じる。

 だがそれは一瞬のことだった。

 美しい青い瞳は、すぐにここではない遠くへ向けられる。

 リオは身をひるがえすと、部屋の外へ飛び出した。


「寵姫さま!」


 部屋の外に控えていた侍女や衛兵が慌てて後を追おうとするのを、イリアスは止めた。


「良い。行かせてやれ」


 驚いた表情を浮かべる衛兵に、イリアスは命じる。


「私が一緒に行く。何人か供をせよ」


 衛兵が慌ただしく支度を始める中、イリアスは長い階段を駆け下りていくリオの姿を、ジッと見つめていた。



24.


 自分がどこに向かっているのか。

 最初はわからなかった。

 小月宮の庭園を抜けて、宮廷の門の中では最も小さく、やんごとなき身分の者がお忍びの時に使う北門へと、足が自然と向いていた。


 北門のすぐ近くで、皇女宮のちょうど裏手に当たる場所に大きな木がある。春になると白い小さな花を咲かせる。

 そこは、リオの心に生涯忘れられない記憶が刻み込まれた場所だった。

 一年前、旅に出ることを決めたレニは、その場所でリオを待っていた。


 木の下に立っていたレニは、どこか心細そうに見えた。

 リオはきっと来ないだろう。

 そう思っていたのか、俯いた横顔はひどく寂しげだった。

 リオが宮廷で見るレニは、皇女、皇帝、王妃という身分にいることが信じられないくらい、どこにでもいる普通の少女に見えた。

 貴い身の上なのにいつも独りで、宮廷という場所にいるとひどく居心地が悪そうだった。

 

 もし、自分が自由な身の上だったら。

 ちゃんとした身分を持っていたら、せめてレニに仕える人間だったら。

 そばにいることが出来るのに。


 自分に会うたびにレニの顔に浮かぶ、心の底から幸福そうな笑顔を見るたびに、リオはそう思っていた。

 小さな体に重い使命を背負わされた姿に感じる痛々しさや、自分に一途に寄せてくる憧憬へのいじらしさが、いつしか愛しさに変わった。

 待ち合わせの木の下に向かい、自分を待つレニの姿を目にする瞬間まで、そう思っていた。


 だが、レニのハシバミ色の瞳が驚愕で見開かれ、涙が浮かんでいるのを見た時に、気付いた。

 側にいたいと思ったのは、レニの境遇に同情したからではない。

 レニと同じくらい、いやそれ以上に自分が孤独だったからだ。

 二度と独りにならないために、自分自身でレニと共にいることを選んだのだ。


 レニが「一緒に行こう」と言って差し出した手を握り返した時、永久に溶けることはないと思っていた、自分を閉じ込めていた冷たい氷が、温かい陽射しを浴びて溶け出すの感じた。


(リオ、って呼んでいい?)


 レニに「リオ」と名付けられた瞬間、自分はあの暗い氷の牢獄から、この世界に生まれ落ちたのだ。



「寵姫……」


 日が暮れてもその場に立ち尽くして、遥か遠くを見つめているリオに、イリアスが歩み寄って声をかける。


 もう諦めてはどうだ。

 そう言いかけて、イリアスは普段の彼らしくもなく、言葉を呑み込む。

 少し考えたあと、言葉を選びながら言った。


「一度、戻ったほうが良い。レニどのが、ここに迎え来るとは限らないだろう」


 イリアスは、リオの冷えきった細い肩を慣れた様子で抱き寄せる。

 リオは一瞬抗うような素振りを見せたが、やがて魂のない人形のように、導かれるまま大人しく歩き出した。


★次回

第138話「ただ自由になって。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ