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第134話 何故だ?

23.


 知らせを受けたイリアスが小月宮にやって来ると、リオの側回りを最も身近で見る侍女頭が平伏して出迎えた。

 三十過ぎほどに見える侍女の細い体は、緊張のためか僅かに強張っている。


「寵姫は?」


 強い叱責を覚悟していた侍女は、イリアスの短い言葉に一瞬体を震わせた。目線を上げかけたが、イリアスの鋭い眼光を畏れるようにすぐにまた目を伏せる。


「自室におられます。部屋の中と外には、見張りにつけております」


 侍女頭の言葉の途中で、イリアスは顔を背け、三階の寵姫の部屋へ向かって足早に歩き出す。慌てて侍女頭は後を追いかけたが、小走りでなければ追いつけないほどイリアスの足取りは速かった。

 部屋の扉の外に控えていた二人の兵士の敬礼にも反応を示さず、イリアスはいきなり両開きの扉を開けた。

 部屋の入口のすぐ脇の椅子に腰かけていた侍女が、跳ね上がるように立ち上がる。慌てて貴人を迎える礼をしようとした侍女を短い言葉で部屋の外に下がらせると、イリアスは自分を迎えるために立ち上がったリオのほうを向いた。

 イリアスの鋭い眼光を受けても、リオは特に動じた風はなかった。礼に適った優雅な仕草で体を折り曲げる。


「また、脱け出したそうだな」


 頭を下げたまま何も答えずにいるリオの側に、イリアスは歩み寄る。

 空色の瞳に怒りを燃え立たせて、激情のままに片手を上げようとした。だがリオがその怒りを受け止めようとするかのように静かな眼差しをしているのを見ると、ゆっくりと宙にあった手を下ろした。


「何故だ?」


 イリアスは呟いた。

 その声には既に怒りはなく、ただ身を切られているような痛切な響きがあった。

 リオが注意深く見ていなければわからないほど微かに首を横に振るのを見て、倒れ込むようにして椅子に座り込んだ。苦しげに歪んだ表情を隠すように、片手で顔を覆う。

 リオは、強い痛みに耐えているように見えるイリアスの姿を見つめていた。

 ややあって「陛下」と小さな声で囁いた。


「……わたくしはあなたさまに、言葉では尽くせないほど感謝しております。陛下は尊い身でありながら、私のような者を唯一人の者として、大切に慈しんで下さいました。もし、あなたさまが私の心身を欲しているのならば、全てを捧げつくしても構わない、ずっとそう思っておりました。私が、いまこのようにしていられるのは、陛下の慈愛があってこそですから」

「それは……わたしも同じだ」


 イリアスは顔を上げ、リオの美しい顔を見つめる。


「私もお前がいたからこそ、絶望に沈むことなく、グラーシアへの憎悪に狂うこともなくいられたのだ」


 それなのに何故……。

 苦悶に歪むイリアスの顔から視線をそらすように、リオは軽く俯いた。

 やがて何事かを決意したかのように上げられた顔には、静かな決意が宿っていた。


「陛下、おいとまをいただきとうございます」

「いと、ま……?」


 イリアスは、何を言われたかわからないというように、ぼんやりとした眼差しをリオに向けた。

 しばらくして、端整な口許に怒りに似た皮肉な笑いが刻まれる。


「お前を欲しい、私の手許から奪い取りたいという者がいる、ということか」


 イリアスは再び強い憤怒に空色の瞳を燃え上がらせて、リオの顔を睨んだ。


「お前がここから何度も抜け出そうとしたのは、その者に会うためか」


 しばらくの沈黙の後、リオはイリアスの顔を見つめ返したまま、はっきりと頷いた。


「はい」

「その者が、お前に私に別れを告げるように命じたということか。自分の手で、私からお前を奪い取るのではなく」


 イリアスは空色の瞳に怒りをたたえたまま、素っ気なくさえ聞こえる口調で言った。


「今度お前が呼び出された時は、私がその場所へ赴こう。お前が誰の寵を受けているか、その者にわからせなければな」

「陛下」


 自分の言葉の語尾を断ち切るように声をかけられて、イリアスは顔を上げた。

 リオが主人であるイリアスの意図を組まずに話を進めようとするなど、今まで一度もなかった。

 リオの青い瞳は強い決意をたたえており、緑色の色彩を帯び始めた。


「そのかたは、私を呼び出したりはなさいません。私に何かを命じたり、強いたりもなさいません」


 リオは自分の言葉を支えるように、胸の前で白い手を握り締める。


「ここを脱け出すのは、私がそのかたにお会いしたいからです」

「そなたが?」

「はい」


 イリアスの顔に半ば疑わしげな、半ば戸惑ったような表情が浮かぶ。何を言われているのかわからないと言いたげな困惑した顔つきで、リオの顔を見返した。


「イリアスさま、申し訳ございません」


 リオは一瞬言葉を飲み込んだが、自分を励まし再び口を開いた。


「私には……あなたさまの他に、お慕いしているかたがおります」

「お慕い?」


 イリアスは眉間に皺を寄せた。


「お前を手に入れたい、と望んでいる者がいる……そういうことであろう?」

「違います」


 リオは頭を振った。


「そのかたのお気持ちはわかりません。ただ、私が……私が、そのかたをお慕いしているのです。心の底から」

「お前が?」


 イリアスは虚を突かれたような顔で、リオの顔をマジマジと見つめた。


★次回

第135話「許して欲しい。」

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