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第131話 イリアスの頼み・2

 イリアスは空色の瞳に鋭い光を浮かべる。


「今回の件がオルムターナの企みであると話した時、あなたはこう言った。あなたの伯父であるオルムターナ公には、こんなことを企むことは出来ないと」

(私の伯父であるオルムターナ公には、王権を転覆するような野心も度胸もありません)


 レニは、自分が言った言葉を思い出して頷いた。

 イリアスはレニの反応を確認すると、再び口を開く。


「私もあなたと同じことを考えている。今回の件の首謀者はオルムターナ公ではない。公は操られて利用されただけだ。誰かが彼をそそのかした……もしくは、オルムターナ公の名前を使って陰謀を企んだのだ」


 はっきりとしたイリアスの言葉に、レニは瞳を見開き身を震わせる。

 イリアスはそんなレニの様子を観察しながら、話を続けた。


「私は最初、それはあなたではないかと疑った。あなたが宮廷を出て行って少し経ってから、私の身辺に異変が生じたからだ。だが、今はあなたではないことはわかっている」


 淡い灯りに照らされたイリアスの瞳の中には、今までにない、厳しく強い光があった。


「オルムターナはオルムターナ公の妹で、前々皇帝の妃だったエリカ太后とその側近がすべてを牛耳っている」


 うつむき、我が身を抱くようにして体を縮めているレニに、イリアスは言った。


「レニどの、私を害そうとしたのは、あなたの御母上エリカ太后だ」


 あなたはわかっていたはずだ、と言いかけて、イリアスは口を閉ざす。

 赤い髪の隙間からのぞくレニの顔が、紙のように白くなっていった。

 暗い表情を浮かべたレニに、気遣わしげな眼差しを何度か送ったあと、イリアスは惑うように視線を彷徨わせる。明後日の方向を向いたまま、小さな声で呟いた。


「あなたは生まれた時からほとんど母上とは会ったことがないと……そう聞いた」


 レニは唇を噛んで俯いた。

 記憶の中にある母の美しい顔は常に厭わしげに歪み、嫌悪の眼差しで自分を見つめている。

 血生臭い権力闘争が続く暗い宮廷で、廃人のような皇帝の正妃となることは、母の本位ではなかったのだろう。母は、正妃としてオルムターナから送り出された時、今のレニよりも若い十六歳の少女だった。

 自分を疎んじるのは仕方がない。

 そう思うことで、母の翡翠のように美しい瞳に浮かぶものが憎悪であることに、必死で気づかないフリをしていた。


「あなたとエリカ太后の間に、複雑な事情があることはわかる。だが……それを押して頼む」


 イリアスは青ざめたレニの顔を見つめながら口を開いた。


「レニどの、エリュアに行き、エリカ太后に会ってもらえないか」


 微かに身を震わせたレニを見て、イリアスはハッとして口をつぐむ。

 だが、何かを振り切るようにもう一度口を開いた。


「表向きはオルムターナの罪は問わないことにした。だが何の咎めもなしに終わっては、他の三つ公国は収まりがつかない。特にドラグレイヤは、エリカ太后から実権を取り上げ、恭順の意思を示すために王都に伺候させなければ、オルムターナを攻め滅ぼすと言っている」

「叔父さんが……」


 レニは苦い口調で呟く。

 オズオンは、自らの領土を拡大する絶好の機会だと思っているのだろう。大逆罪となれば、ドラグレイヤの兵だけではなく、王国の直属兵も動かすことが出来る。

 イリアスがオルムターナを表向きは不問に付すのは、温情をかけているからではない。国内の公国同士の力の均衡が崩れ、ドラグレイヤの勢力が拡大することを防ぎたいのだ。


「エリカ太后が恭順の証として王都に来て王国の監視下に入れば、無駄な争いをせずに済む。オルムターナも、名前だけは残すことが出来る。そう説得して欲しいのだ」

 

 言葉に詰まったレニを見て、イリアスは言った。


「エリカ太后が王都に伺候する、というのであれば、身分と命の保証はする。罪には問わず、前皇帝の生母、国王の義母として、その地位にふさわしい待遇を私の名において約束する。オルムターナにとってもエリカ太后にとっても、それが一番賢明な選択のはずだ。そうあなたの口から、御母上に伝えて欲しい」

「で、ですが……」

「あなたにとっては、酷な頼みだろうな」


 イリアスは言葉を途切らせ、苦しげに呟いた。


「だが、他に方法がない。今のオルムターナの支配者は、エリカ太后だ。オルムターナの内部では、誰も彼女に物が言えない。公都ではなくエリカ太后がいるエリュアがオルムターナの真の宮廷だ、とさえ言われている」

「エリュア……」


 レニは呟く。

 南方大陸との貿易の要である、オルムターナの大都市だ。人身売買がさかんであり、人の出入りが激しいこの街は、性産業と賭博業によって発展した。別名「眠らない街」「地上の楽園」と呼ばれている。

 リオの故郷だ、ということを思い出して、レニは唇を噛む。


 逡巡するレニに、イリアスは静かな眼差しを向けて言った。


「エリュアに行ったあとの……その先のことは、あなたの好きにしてもらって構わない」

「え?」


 驚いたように瞳を見開いたレニの顔を、イリアスは半ば優しく半ば寂しげに見つめた。


★次回

第132話「ありがとう、さようなら。」

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