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第128話 塔への護送

「何なりと……」

「寵姫さまは」


 レニは一瞬、言葉をつまらせた。

 脳裏にリオの顔が浮かぶ。


 リオ……。


 レニは、記憶の中で微笑むリオに向かって囁いた。


 好きだよ、リオ。

 初めてあなたに出会った時から。

 今までも、今も、これから先もずっと……。

 そう伝えたかった。


「寵姫さまは……」


 レニは涙で歪ませながらも、何とか声を絞り出す。


 私がどれだけあなたのことが好きか、あなたと一緒にいられて、どれだけ幸せだったか、知って欲しかった。


「本当に勉強するのがお好きなのだと思います。だから……学府に行かせることが難しくても、ここで陛下のお側で勉強を続けさせてあげて下さい」


 ハシバミ色の瞳から溢れた涙を、イリアスはジッと見つめる。

「あ、れ? へ、変だな」と誤魔化すように笑いながら目元を乱暴にこするレニに、イリアスは静かな声で尋ねた。


「レニどの、あなたは旅をしていた時、一人ではなかったのではないか?」


 レニは顔を上げる。

 イリアスはふいっと顔を背けたため、表情がよく見えなくなった。

 そのままの姿勢で、イリアスは言った。


「ずっと、誰かと一緒にいたのではないか?」


 イリアスの眼差しが、探るように問いかけるように注がれるのを感じる。


 レニの心の中に、リオと二人で訪れた様々な場所が浮かぶ。

 色々な場所に行き、色々な人に出会った。リオといつも一緒にいて、時には喧嘩をした。

 リオと一緒にいる時の自分は、ちょっと無鉄砲でそそっかしいところのある、美味しいものを食べることと酒を飲むことが好きな、何よりリオに一途に恋をしている普通の女の子だった。


 二人でいる時は、いつでもただのレニとリオだった。


 本当に夢のような日々だった。

 旅で出会った人たちは、ずっと覚えていてくれるだろうか。

「レニとリオ」のことを。


 しばらくした後、レニはゆっくりと首を横に振った。


「……いいえ」


 レニはハシバミ色の瞳から涙が溢れそうになるのを、必死に押し留めながら言った。


「……一人でした。ずっと」


 イリアスはしばらく黙ったあと、「わかった」と呟いた。


 ジヴベール塔に移った後も不自由はさせない。監視付きだが、島の内部では自由にして良い。

 明日の夕刻に塔への護送が行われると、イリアスは説明した。


 レニは立ち上がり、若き国王に向かって丁寧に礼をする。


「御意を承りました、陛下」


 イリアスは、貴婦人に対する作法としてレニの手の甲に口づけすると、部屋から出て行った。



19.


 その三日後の早暁。

 まだ朝の光が完全には地上に届かない時刻、レニをジヴベール島に護送するためにオズオンが皇女宮にやって来た。

 高貴な身分の者を、実質監獄である場所に送り込むため、護送役は自然と身分が重い者になる。


 オズオンは、レニを護送用の馬車までいざないながら、口許を嘲笑で歪ませた。


「お前もいよいよ年貢の納め時だな。せいぜい大人しやかな王妃殿下になって、あの坊っちゃん国王にご奉仕しろよ」


 最高の冗談でも口にしたかのように、ゲラゲラと下品な笑い声を上げる叔父に、レニは冷たい軽蔑の眼差しを向ける。

 見慣れた叔父の痩せた顔を見ながら、レニはふと目を細める。オズオンは常の彼らしくなく、何かに心を囚われているかのように見えた。ともすれば上の空になりそうな心を現実に繋ぎとめるために、殊更揶揄を口にしているようだった。

 その証拠に護送車に同乗したあとは、沈んだ様子でほとんど口を開かなくなった。


 目隠しをされた馬車で一時間ほど走ると、船着き場に到着する。

 朝の最初の光を弾く静かな湖面の先に、青白い光を淡く放つ高い塔が見えた。


「……あの塔に入ったら、二度と出られねえぞ」


 レニは、オズオンの顔を見上げる。オズオンは先ほどからレニではなく、青い光を放つ塔を見つめていた。

 自分の顔に向けられたレニの視線に気づいたのか、オズオンは夢から覚めたような顔になる。口の中で舌打ちすると、取り繕うように普段の悪意と皮肉に満ちた顔つきを作り上げる。


祖父じいさん殺しのお前には、似合いの末路だな。アイレリオの奴も、墓の下で泣いて喜んでいるだろうよ。最期までこの大陸のために尽くしてくれた、とかいう寝言をほざいてな」

「叔父さん」


 オズオンの悪意と挑発に触発されたように、レニは叔父の顔をジロジロと眺めた。


「ここで何かあったの? 叔父さんみたいな人でも、胸が痛むようなことが……」


 半ば軽侮するように半ば不思議そうにレニが呟いたその瞬間。

 オズオンの手がレニの服の襟首を掴み、宙に吊り上げた。喉を締め上げられたまま、レニは宙に浮いた両足をバタバタと動かす。

 オズオンは、このまま絞め殺したいとでも言いたげに、すさまじい憤怒に染まった眼差しで苦し気なレニの顔を貫いた。


「ガキが、舐めた口をきくと殺すぞ」


 周囲から侍女と兵が集まってきたのを見て、オズオンはレニの首から手を離し、乱暴に地面に放り捨てた。

 喉に手を当てて苦しそうに咳き込むレニと、慌てて介抱する侍女を見ながら、オズオンは地面に唾を吐き捨てる。


「お前のその小賢しい生意気な面を見なくてよくなると思うと、せいせいするぜ。前女帝で、王妃で、独裁者の孫で、祖父さんをブチ殺したガキ。そんなしち面倒くせえ奴が目の前から消えてくれるっていうんで、宮廷の奴らだってホッとしている。お前はいるだけで、周りの奴らの邪魔になるんだよ。お前の気に入りの淫売ペットだって、今頃、あの国王の坊っちゃんの前でケツを振ってるんじゃねえか」


 宮廷では考えられないような下品な言葉に、侍女たちは恐怖に近い色を浮かべて顔を引きつらせた。一方で主君の気性に慣れているドラグレイヤの兵は、口元を歪め品のない笑いを漏らす。

 侍女は労わるようにレニの体を支えると、ついた砂埃を丁寧に払い、湖面に浮かぶ護送船へといざなった。



★次回

第129話「塔の夜」

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