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第127話 そのために生まれた。

 レニはしばらく黙っていた。やがて、口の端に小さな笑みを浮かべる。


「私はオルムターナ公の名前だけを継いで、王宮に留め置かれるのですね。人質も兼ねているでしょうから……ジヴベール塔辺りに幽閉されるのでしょうか」


 ジヴベール塔は、王都から見える孤島に建っている。青月宮と同じようにザンム鋼で出来ているため遥か昔から存在し、夜には青白い光を放つ。

 太古から高貴な罪人を幽閉するために使用されているせいか、数々の伝承が伝わっている。

 伝わっている内容は様々だが、一度送り込まれると死ぬまで出ることは出来ない、という点だけは共通している。


 イリアスはその場にジッとしたまま、言葉を返した。


「もし私がそうすると言ったら、人質となるためのみオルムターナ公を継がせ、世継ぎを産むためだけの王妃として、ジヴベール塔で一生を過ごせと言ったら、あなたはどうするつもりだ?」


 レニの表情は穏やかなままだった。

 イリアスの問いに対する答えは、レニの中で文字に書かれたように明確で、揺らぎようのないものだ。


「もちろん、陛下のお言葉に従います」


 レニの答えの明解さは、イリアスの中の何かを揺さぶったようだった。常に自信と誇りに満ちている彼らしくもなく、目の端をわずかにひきつらせた。

 その気品のある整った顔に、どこか傷ついたような、それを意地でも認めまいとするかのような表情が浮かぶ。

 

 レニは顔を上げて、叱られた子供のような強情な顔つきをしたイリアスを見つめた。

 半ば戸惑いながら、イリアスの痛みを宥めるために微笑む。


「陛下、私は王国の正当な後継者であるあなたに仕え、忠誠を尽くすように言われて育てられました。あなたを支え従うこと、それがこの国のためなのだと、そうやってこの大陸を、世界を守れと、エウレニア・ソル・グラーシアはそのために生まれてきたのだと教えられて生きてきました。私が陛下から与えられた役目を果たすことによって、王国の平和が保たれるのであれば……それで満足です」


 イリアスは、反射的に何か言い返したいかのように口を開きかける。

 だが何とかその言葉は飲み込み、ひどく素っ気ない口調で言った。


「あなたはこの宮廷を出る時に、私に言った。この世界を見てみたい、それが自分の夢だ。だから、旅に出ることを許して欲しいと。あなたが夢だ、と言ったから、私は出ていくことを許したのだ」

「夢は一時だけのものです。いつかは目を覚まさなければなりません。重い身分に生まれた者は……持って生まれた責任があります」


 どこか拗ねたように横を向いたイリアスの顔を、レニは初めて見るかのようにしげしげと眺めた。

 そうして、こんな風に「夫」の顔を見るのは確かに初めてだ、と今さらのように気付いた。

 ふと思いついて、レニは言った。


「陛下が、『フレイ』と名乗って私の前に姿を現わしたのは、陛下自ら私を観察し、見張るつもりだったからですね」


 イリアスが何も答えないので、レニはそのまま言葉を続ける。


「私の伯父であるオルムターナ公には、王権を転覆するような野心も度胸もありません。意思の弱い流されやすい人です。陛下は、私が伯父をそそのかして、レグナドルトとドラグレイヤを対立させ、共倒れさせようとしている、と疑っていたのですね」


 余り素直ではない弟の悪戯を、仕方なく咎める姉のような口調でレニは言った。


「あなたは、最初からオルムターナを疑っていた。オルムターナを、というよりは、あなたの妃である私を」


 イリアスは、初夏の風が流れる庭を見つめたまま言った。


「宮廷を出たあと、あなたはオルムターナへ行き、伯父であるオルムターナ公を動かしたのではないか、とそう疑った。『旅に出たい』と言ったのは……嘘で」

「『旅に出たい』というのは嘘で……」


 目を閉じると、旅で見た風景、出会った人々の思い出が次々と浮かんできた。

 思い出すだけで心が沸き立つようなその記憶に向かって、レニは笑いかけた。


 イリアスは唇を噛む。

 しばらく黙ったあと、呟くように言った。


「もし私が国王ではなく、本当に『フレイ』という名前の若い騎士で、グラーシアの孫でも何でもない、ただの『レニ』と名乗るあなたと旅のどこかで出会っていたら、仲の良い友人同士になれただろうか」


 イリアスの言葉を聞きながら、レニはふと想像する。

 もし、旅先で「フレイ」に出会っていたら、どんな風になっていただろう。

 フレイはやはりリオに恋をして、お似合いに見える二人を見て、落ち込んだりヤキモキしたりしていただろうか。

 そんな想像をして、レニは笑った。


「旅に出たあと、色々な場所に行き、色々な人たちに出会いました。みんな、何の縁もゆかりもない私たちを受け入れて、優しくしてくれました」


 だから、とレニはイリアスの顔を真っ直ぐに見つめ返して笑った。


「フレイとも、きっと仲良くなれたと思います」


 イリアスは空色の瞳を、陽光のあたる庭のほうへ向けた。

 夏の匂いを運ぶ柔らかな風が、緑が濃くなった木々の枝葉を揺らしていた。


「陛下……ひとつだけ、私の願いをお聞き届けいただけないでしょうか?」


 ソッと囁かれたレニの言葉に、イリアスは頷いた。


★次回

第128話「塔への護送」

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