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第121話 国王イリアス

14.


 一通りの衝撃が過ぎ去ったあと、イリアスはレニに譲られた場所に腰を掛けた。この場で物事を判断する権利はまず自分にある、とごく自然に思っていることが伝わってくる、ゆったりとくつろいだ様子でレニとヴァレンに座るように命じる。


 椅子を勧められたことに対して恭しく感謝の言葉を述べたあと、ヴァレンは老獪な宰相らしくもない、怨ずるような口調でイリアスに言った。


「お恨み申し上げますぞ、陛下。よもや宰相である私までたばかられていたとは」

「済まない」


 イリアスは男らしい端整な顔に微笑を浮かべた。


「しかし、私を除こうとする者たちの正体や思惑を露わにするには、そやつらに企みが上手くいっていると思わせることが最善だと判断したのだ。そなたを信頼していなかったわけではないが、事はそう単純ではない。ヴァレン、そなたならばわかってくれるはずだ」

「確かに、今の宮廷の状況で私どもレグナドルトを無条件に信じていただきたい、と言っても陛下の立場では難しいでしょうな」


 ヴァレンは仕方ない、と言いたげに肩を軽くすくめる。国王たる主君に相対しているにしては、ひどく気さくな仕草だった。

 しかし、とヴァレンはレニのほうへ顔を向ける。

 

「王妃殿下はご存じだったのですな。陛下が病に倒れていたわけではないことは」


 元の抜け目のなさが戻った視線を、レニとイリアスの顔を交互に送る。その表情のまま、ヴァレンは何でもないことのように付け加えた。


「しかし、ドラグレイヤ公は陛下がご健在とはご存じないようでした」

「分かるか」

「あのお方は、ご自分の本心を隠されることには余り関心がないようです。厄介な時もありますが、こういう時は助かりますな」


 ヴァレンはひっそりとした笑みを口元に浮かべた。イリアスは続きを待ったが、ヴァレンは口をつぐんだままだった。

 しばらくの沈黙のあと、イリアスが口を開く。


「こうして自由に動くことが出来て、色々とわかったことがある。まず、ドラグレイヤは今回の件には関与していない。そもそもドラグレイヤはいま、私を除きたいと思う理由がなかった。それはヴァレン、そなたも分かっているはずだ」


 同意するように軽く頭を下げたヴァレンに、イリアスは言った。


「それなのに妃をあのように虐めるとは、余り関心せぬな」

「お許しを」


 ヴァレンは、イリアスとレニ双方に向かって言った。


「もちろん、私も本心からドラグレイヤが我らを陥れようとしている、と疑っていたわけではございません。ですが、万が一の可能性がある。その確証を妃殿下から得られなければ、私は本気でレグナドルトに戻るつもりでおりました」


 ヴァレンの言葉の中には、国王に対してさえ譲れぬ、と言いたげなほの暗い気迫があった。

 イリアスはそれを受けとめるように、鷹揚な仕草で頷く。


「なるほど。ではやはり、今この場でそなたの前に出てきたことは正解だった、ということだな。随分迷ったが」


 イリアスは柔らかい笑みを浮かべて、背後に視線を送った。

 レニはつられて、そちらのほうへ目を向ける。

 光源から僅かに外れた薄暗い場所に、リオが目立たないように立っている姿が見えた。


 そうか、リオがイリアスに姿を現わしてくれと頼んだのか。

 リオの懇願に応えて、レニとヴァレンの会見の成り行きを見届けるだけで、姿を現わすつもりがなかったイリアスは、この場にやって来たのだ。


 レニの頭に止めどなく想像が浮かぶ。


 リオはイリアスに、どんな風にこの場に来てくれるよう頼んだのだろう?

 そもそも、イリアスはずっとこの小月宮にいたのだろうか?

 リオが自分の前に膝まづき、手を取ってここまで案内してくれたあの時も?


 いや。

 と、レニは考える。

 イリアスが小月宮にいたのは、今日だけではない。

 危篤になったと装い、「フレイ」として密かに動き回っていた時、小月宮を隠れ場所にしていたのだ。

 自分とリオが宮廷に戻ってからずっと、自分がリオに会えない時も、リオの名前すら呼べない時も、イリアスはずっとリオの側にいた。

 二人はここで、どんな風に過ごしたのだろうか。

 そんなことを考えている場合ではない、とわかっているのに、溢れて来る想像に頭も心もいっぱいになってしまう。

 レニは、薄暗がりの中にたたずむ、リオのほっそりとした姿を見つめた。

 いくら目をこらしても、リオがいま何を考えているのか、誰を見ているのかはわからなかった。


「ドラグレイヤ公は、今回の件については何も関わっておらず、何も知らないと。そういうことですかな」


 不意にヴァレンの声が聞こえてきて、レニはハッと我に返る。

 ヴァレンは冷えた探るような眼差しを、イリアスとレニに交互に向けていた。


「しかし、陛下を仇なそうとする刺客は確かにいた。これはどういったことでしょうか?」


 奇妙な静けさが室内を覆った。徐々に足元から水にひたされていっているような、そんな圧迫感を覚えてレニは胸の前で手を握りしめる。

 長い沈黙のあと、イリアスはヴァレンに向かって言った。


「宰相、この件はしばらく私に預からせてくれないか。他言することは避けてもらいたい。レグナドルト公にも」


 ヴァレンはピクリと僅かに眉を動かした。

 一瞬、奇妙な視線をレニのほうへ走らせる。


「それは……しかし」

「一切の他言は無用だ」


 何か言いかけたヴァレンの口を封じるように、イリアスは言葉を重ねる。揺らぎのない湖面のような平静な声だったが、どんな相手にも有無を言わせない何かがあった。

 ヴァレンは一瞬、不満そうな顔をしたが、結局は了承のしるしに頭を下げた。

 イリアスは頭を垂れている宰相に向かって言った。


「近いうちに必ず、レグナドルトが満足がいくような報告をすると約束しよう。私がその約をたがえた時は、そなたらの好きにするが良い」

「私どもは、陛下の忠実なる臣でございます」


 ヴァレンは表面上の恭しさが抜け落ちているため、むしろ素っ気なくさえ聞こえる声で言った。


「何条もって、陛下のお言葉を疑うことがありえましょうか。お言葉通り、ただただ陛下のご裁可を待つのみでございます」


 ヴァレンの言葉に、イリアスは唇を固く引き結び頷いた。その空色の瞳には、固い決意の光が宿っていた。


★次回

第122話「まるで絵のような。」

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