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第119話 駆け引き

「非才の身ながら」


 少しの沈黙のあと、ヴァレンはゆっくりと口を開いた。


「私は我があるじザイン・ザルドより、代理として全権を任されております」


 レニは、目の前の小柄な宰相の姿を見つめながら考え続ける。

 一体、ヴァレンは……否、レグナドルトは何を考えているのか?

 何を求めてここにいるのか?


 レニは思考を立ち止まらせた。

 そうだ、もしレグナドルトが本気で兵を挙げるつもりならば、ヴァレンがここにいるはずがない。

 本人がたった今、宣言した通り、とっくにレグナドルトへ戻っているだろう。

 レグナドルトは、何かを自分に求めている。

 だから、この会談に応じたのだ。


(あ……)


 その時、レニの心にある言葉が甦った。


(ヴァレンも貴女がどこまで何を知っているか、何を考えているか知りたいだろう)

(だがもし、乗ってこないのであれば)


(乗らざるえないように話を持っていけばいい)


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 フレイは、そう言っていた。

 それは具体的には、どういうことなのだろう。


 何故、ヴァレンは自分と話そうと思ったのか。

 

 レニは、頭をもたげてヴァレンを真っ直ぐ見つめた。

 レニの表情が変わったことに気付いたのか、ヴァレンは僅かに眉を動かす。

 丁寧にこうべを垂れた宰相に向かって、レニは出来得る限り、穏やかな声で語りかけた。


「私は、レグナドルトと敵対するつもりはありません」


 ヴァレンは目線のみを上げ、レニのことを時間をかけて観察する。

 レニの顔も眼差しも、落ち着いて穏やかなままでいることを確認したあと、用心深い口振りで言葉を紡いだ。


「我々レグナドルトの忠誠は、国王陛下と妃殿下、お二方に捧げられております。私も、我が主ザイン・ザルドもそう思っております」


 ヴァレンはそこで一旦口を閉ざし、惑うように僅かに視線をさ迷わせる。

 レニは息を潜めて、ヴァレンの決断を待った。

 この瞬間に、この先の国の行く末がかかっている。

 そう思うと息が苦しくなり、今すぐ呼吸が止まりそうな心地さえした。

 

 レニにとっては永劫とも思える時間が、ひどく鈍重な歩みで、だが確実に過ぎ去っていった。

 ヴァレンが顔を上げる。

 その黒い瞳には、強く真摯な光があった。


「だからこそ、王権をないがしろにし、国を我が物のように振る舞う佞臣ねいしんの存在を見過ごすわけには参りません」

「佞臣?」


 ヴァレンはレニの反問には答えず、言葉を続けた。


「恐れ多いことながら、妃殿下。国王陛下がご不例のいま、妃殿下のお振る舞い、お言葉は、国にとって重要な意味を持ちます。もし陛下に万が一のことがあれば、妃殿下にもう一度、即位していただくより他にございませぬ。あえて申し上げますが、我らレグナドルトはそういった事態になることを大変危惧しております」


 ヴァレンの言葉にレニは頷いた。


「私はドラグレイヤ公を叔父に持ち、母はオルムターナの出身です。レグナドルトの危惧は尤もです」


 ですが、とレニは言った。


「もし陛下に万が一のことがあり、私が王位に着いたとしても、レグナドルトを粗略に扱うことはありません。陛下がご回復した折りにも、レグナドルトとの絆をより強いものとするよう、私から陛下にお話します」


 ヴァレンは首を振った。


「ありがたきお言葉なれど……我らが言いたいのは、そのような先のことではございませぬ」

 

 灯された灯りの中に浮かび上がるヴァレンの顔を、レニは見つめ直した。


 先のことではない?

 レニは、これまでのヴァレンとの会話を思い出し、ようやくヴァレンが何を言わんとしているか悟った。


 オズオンは、レグナドルトが国王を害することで自分を陥れようとしているのではないかと疑っていた。

 ヴァレン……レグナドルトは、その光景を反対側から見ているのだ。


(もし陛下に万が一のことがあれば、妃殿下にもう一度、ご即位いただく他にございませぬ)

(あえて申し上げますが、我らレグナドルトは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 レニは痛切な思いから、唇を噛み締めた。

 これほどはっきり言われているのに、何故気付かなかったのだろう。


 ヴァレンは、オズオンが居もしない刺客による襲撃事件を作り上げて、レグナドルトにその罪を被せようとしている。

 そう考えているのだ。

 姪である自分を、もう一度王位につけるために。


 オズオンは信頼できる人間ではない。いざとなれば、忠誠の対象であるはずの国王も身内である自分も、平気で裏切るだろう。

 だが、そういう人間だからこそ、自分にとって何の利益にもならないことはしない。


「ヴァレン宰相、ドラグレイヤ公はレグナドルトを敵に回したいとは思っていません。今の状況でそんなことをすれば、この国も、ドラグレイヤも危ういことは、叔父もわかっています」


 訴えるようなレニの言葉に、ヴァレンはジッと耳を澄ましていた。幼さが残るレニの顔に浮かぶ必死な表情を眺めたあと、ゆっくりとした声で答える。


「それは……そうでしょうな。私どもとて、ドラグレイヤと争いたいわけではない」

「それなら……っ」


 ヴァレンは奇妙な目つきで、レニの顔を見た。

 異国の地にやってきた人間が、見たことのない珍しい生物を眺めるような眼差しだった。

 ヴァレンは、何か言いかけた。

 たが、思い直したようにその言葉を飲み込み、別のことを口にした。


★次回

第120話「戻りたい。」

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