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第118話 国が割れる。

 ヴァレンは表情を変えずに、唇だけ笑いの形に吊り上げた。


「私は、妃殿下とは長い間お目通りかないませんでした。それが大公殿下とは、今は使われていない大公宮で会われていた。そこに刺客が現れ、お二人で捕らえられた。ドラグレイヤ公は、その賊を捕らえたまま、私どもに引き渡すことはおろか会わせることすら拒否している。

 大公殿下の態度が私に対する隔意かくいを感じることに戸惑っている時に、妃殿下からお声がかかりました。そうして久方振りに妃殿下のご尊顔を拝せたと思いましたら、私が会ったことも見たこともない賊についてご下問される。一体、これはどうしたことだろう? と頭を悩ませているところでございます」


 ヴァレンの瞳に、不意に剣呑な光が浮かぶ。

 レニだけではなく、その後ろにひっそりと控えていたリオも息を呑んだ。


「不思議でございますな、妃殿下。その『賊』とやらも何やら夢物語のように聞こえてくるのでございます。何しろ、宮廷の警護兵だけではなく、勇猛と有名なドラグレイヤの兵も警備に当たっているのですから。その厳重な警備をかいくぐり、大公宮に侵入するなど、これではまるで()()()()()()()と思ってしまう次第でして」

「賊は……いました」

「まあ、そうでしょうな」


 固い響きを持つレニの言葉に、ヴァレンは気がなさそうに肩をすくめる。それから皮肉げに口元を歪めた。


「妃殿下は賊を『見た』のでしょうから。しかし、私は見ておりませぬ。妃殿下のお言葉といえど、容易に信じることが出来ぬのです」

「私の言葉が信用できない、と?」


 レニの言葉に、ヴァレンは平然と頷いた。見せかけばかりの恭しさは八割方剥がれ落ちており、その底に眠る皮肉と敵意が鎌首をもたげた。


「現在は国王陛下も病に臥せっており、後宮の周辺はドラグレイヤとオルムターナの兵が取り囲んでおります。私は再三再四、陛下への面会を願い出ておりますが、未だ叶っておりませぬ。妃殿下、これは大変憂慮する事態です」


 ヴァレンの顔から笑みが消えた。

 冷たい眼差しでレニの顔を見つめながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。


「私の直接の主であるレグナドルト公ザイン・ザルドも、今の状態を大変憂いております。もし、このまま陛下にお会いすることも叶わず、ドラグレイヤ公が賊も引き渡さないと言うのであれば、私はいったんレグナドルトへ戻ろうかと思います。ザイン・ザルドに直接この事態を報告し、収容を図るつもりです」


 ヴァレンの言葉を聞いた瞬間、レニは顔を青ざめさせ、思わず腰を浮かせた。


「レグナドルトに戻る気なの?!」


 宮廷作法も頭から吹き飛び、レニは素のままの表情で叫ぶ。

 ヴァレンは感情の浮かばない瞳でレニの顔を眺めていたが、やがてゆっくりと目を伏せて呟く。


「仕方ありますまい。レグナドルトに帰った後は、ザイン・ザルド自ら陛下への拝謁はいえつを求め、宮廷へ参内さんだいすることになるかと思います」


 レニはハシバミ色の瞳をこれ以上ないと言うほど見開いて、小柄な老人の姿を凝視する。


「レグナドルト公ザイン・ザルド自ら、宮廷に参内する」という言葉の意味するところは明らかだ。

 宮廷に駐留している、オズオンが率いるドラグレイヤの兵を実力行使で追い出し、国王の身柄を奪還する。

 ヴァレンはそう言っているのだ。


 レグナドルト公自らが兵を率いて来るとなれば、現在宮廷にいる人数ではとても太刀打ちできない。オズオンは国王を連れて自らの領地であるドラグレイヤに戻るしかなくなる。

 そうなれば、レグナドルトとドラグレイヤの対立は決定的になる。


 国が割れて戦になる。


 体を小刻みに震わせるレニを、ヴァレンは恐れげもなく見つめた。

 ヴァレンが堂々と「国に帰る」と宣言したのは、捕らえらえる恐れがないと分かっているからだ。

 ヴァレンを拘束すれば、その瞬間、王国はレグナドルトを敵に回すことになる。

 かと言って、ヴァレンをこのまま国に返せば、レグナドルトは兵を上げるだろう。


 一体、どうすれば。

 レニは、自らを叱咤して必死に頭を働かせる。

 だが落ち着こうとすればするほど体の震えが大きくなり、頭の中が真っ白に塗り潰されていく。時間を稼ぐ方策さえ思いつくことが出来ない。


 何故、こんなことになってしまったのか。

 何もわからないまま、いつの間にか、自分のひと言で国が二つに割れるような抜き差しならない状況に追い込まれている。

 ヴァレンの冷たく底光りする目が迫ってくるような気がして、レニは身をすくませ目をつむりそうになった。


「お飲み物をお取り返します」


 その時、風がそよぐような密やかな声と共に、ふわりと自分の足元に温かい気配を感じた。


(リオ)


 リオは、影のような目立たない所作でレニの足元に膝まづき、手早く卓の上の飲み物を取り替える。そうしてヴァレンに見えないように、ソッとレニの手を握りしめた。

 リオに触れられた部分から、温かな活力が流れ込んでくるようだった。


 自分がついている。


 リオの美しい横顔は、そう言っているように思えた。

 レニは淡く色づいた唇を引き結ぶと、瞳に強い光をたたえて顔を上げる。


「宰相」


 レニが呼ぶと、ヴァレンは射し貫くような視線をレニに向けた。

 気圧されてはならない。

 ありたけの力をかき集めて、レニは相手の視線を跳ね返す。


「それはあなた個人の考えではなく、レグナドルト公も同じ考えか」


★次回

第119話「駆け引き」

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