私は姉が大嫌い、だから私は姉になりたい
エブリスタの、三行だけの小説から長編小説まで100~8000文字。『超・妄想コンテスト』第189回テーマ「○○になりたい」に登校した「たった一秒、一文字、一座席で」を加筆修正したものです。
私には一卵性の双子の姉がいた。
一卵性双生児だけあって、姿形は瓜二つ。
見た目はほとんど変わらず、両親でも見分けがつかないくらいだった。
ほとんど同じ遺伝子情報を持つ私たち。
そんな私、香織と、姉の詩織を隔てるものは、人格だった。
たった数秒早く、この世界に生み出されただけで、詩織は姉として、親から可愛がられ、なにかと優遇され、特別扱いされてきた。
全て優先順位は姉が先。
食事をとるのも、入浴するのも、就寝するのも、全て姉が優先。
姉がお腹が空いたと訴えれば、食事の時間に。
私は空いてなくても、強制的に食事をとらせられる。
逆に私が空腹のときには、姉の食事の時まで待たされる。
腹が立つ。
お風呂は必ず姉が先。
先に入ってくれなければ、私はいつまでも待たされる羽目に。
さんざんまたされた挙句、待っているのは、姉の浸かったエキスまみれの湯船。
最悪。
寝る時も、姉が眠くなれば電気を消され、私も寝かされる。
逆に私がどんなに眠くても、姉が遊び暴れている間は、その騒音により眠りを妨げられる。
頭にくる。
おもちゃは姉が欲しいものが、あてがわれる。
服も、姉の好みに合わせられる。
遊びに行きたい場所も、姉が興味があるところに連れていかれる。
我が家は、全て姉が中心に回っていた。
父も母も、視界の中には姉しか見えていなかった。
そんな姉は、社交的で明るく、それでいて我が儘で自分勝手な人間へと育っていった。
私はというと、いつも姉の詩織と比較され、その度に姉という影に隠れ、地味で目立たなく物静かな人間へとなっていった。
まるで光と影。美味しいところは、全て姉が奪っていった。
私に残るのは、光が生み出した暗くジメジメした残存物。
同じ小学校に進学するも、詩織はろくに学校の授業も受けず、毎日遊び呆けていた。
宿題やら課題はいつも私が面倒を見ていた。
私は毎日毎日、真面目に勉強しているというのに、不真面目なアイツの分まで課題を終わらせていた。
成績はもちろん私の方が上。でも、外面が良い分教師受けも良く、内申点の差で総合的には姉の方が上だった。
小学生にして、この世の中の理不尽さを垣間見た瞬間だった。
少し早く、生まれてきただけなのに……
姉と妹、その違いだけで、こうも人生が変わるなんて。
許せなかった。
この理不尽な対応と、
姉という存在に。
小学校、中学校と姉の詩織と共に学校生活を過ごすのが苦痛でしょうがなかった。
どこにいても、自分と同じ姿をした不真面目な詩織が視界に入ってきて、アイツのいない世界へと旅立ちたかった。
しかしどこにいても鏡を見れば、そこには詩織の姿があり、自分の姿に嫌悪感を抱いたりもした。双子の姉妹という呪われた呪縛からは、どこへ行っても幽霊のように付きまとってきた。
だから髪型も変えたかった。なのに、一緒にするように詩織に言われた。
私はショートが良かったのに、アイツと同じロングにしろと半ば強制的に迫ってきた。
それは詩織の身代わりになるためだった。
同じ髪型、服装にすることによって、あいつの代わりに学校の委員会に出席したり、補習を受けたりしていた。
華のある詩織は、学校でも異性からよくモテていた。
あんな女のどこがいいのか理解できなかったが、裏の顔を知らない愚かな男子には、女神かアイドルにでも見えたのだろう。
放課後、男子に頻繁に呼び出されては、その告白を拒否しフッていた。
実はそれも私が代わりにしたこと。
好きでもない男に会う時間がもったいないと、私を代わりに待ち合わせ場所まで行かせて、断りの言葉をかける嫌われ役を押し付けられた。
お陰で、その場で逆上した男子に襲われそうになったことも、しばしばあった。
その事を姉に伝えても、じゃあ代わりに付き合って上げればよかったのに、と笑いながら他人事のように言い返してきた。
こんな姉も情けないが、いいように使われている私も虚しく、なによりこんな女に少しでもときめいて交際を申し込んだ男の方が一番哀れに思えた。
自分の姿かたちを変えたかった。
姉と瓜二つなのがいけなかったのだ。
でもそれは自分がアイツから逃げた気がして、なんだか負けた気がして、それはそれで腹立たしかった。
なんで姉に気を使って、こっちが変わんなきゃいけないの!?
この格好で悪さをして姉のせいにすればよかったのに。
しかし小心者で臆病な私には、それができなかった。
それがバレた時は両親、姉、そろって私を非難することは目に見えて分かっていた。
姉の失態は大目にみるくせに、なんで私にはこんなにも厳しいのか?
もともと双子を産むつもりはなかったのだろう。それが、余計なものがもう一つ産まれてきたもんだから、邪魔で仕方がなかったのだろう。
誕生日会だって、姉妹同じ日だっていうのに、まるでアイツだけの誕生日かのような催しで、アイツが終始主役を演じていた。
私だって同じ誕生日でしょ?
この差はいったい何なの?
お呼ばれした友達も、みんな姉にばかりプレゼントを持参し、祝福の言葉をかける。
それを横で眺めるだけの私。
むかつく、むかつく!
だから私は、早く詩織と離れたくて、遠くの私立の高校へと進学したかった。
アイツと一緒の高校なんて行きたくもない。
しかしそれを、両親は許してはくれなかった。
理由は、詩織が近くの公立高校へと進学するから、一緒に通えとのことだ。それも詩織が、学校が近い方が通学に楽だからという、ただそれだけで。
両親からは学費の面で私立は諦めろと言われた。
それと、姉と一緒の方が学校生活でお互い協力できるだろう、というのが言い分だった。
実の親からも、私は姉の補助係としての役割を押し付けられた。
我が家は全て姉中心。私はその周囲を回る衛星に過ぎなかったのだ。一生アイツのお世話係で生きていけということなのだろうか?
私は詩織と、出来るだけ遠くに離れたかった。同じ場所、同じ空気、同じ時間を過ごしたくなかった。
でも、それも叶わなかった。
悔しかった。自分には何もできない。
何の力もない。誰も味方はいない。
でも、それも高校卒業までのこと。
そう我慢して高校生活を送ることに、なんとか自分に言い聞かせながら日々を過ごしていった。
高校入学後、私は一人暮らしをするためにバイトを始めた。勉強を疎かにすることなく、地道にコツコツ貯めていった。
バイトに行っている時だけは自分になりきることができた。アイツがいないだけで、こんなにも生きやすいなんて。
体力的には辛かったが、その事と貯金して独り立ちすることを考えれば、どんなに辛い仕事でもこなすことができた。
しかしそれなのに……
許せないことに、そんなバイト代もあいつが勝手に持ち出していたことがあった。
私が必死で働いている間に、詩織は私の稼いだお金で豪遊していたのだった。
さすがに頭にきて、親の前で本人に怒鳴り散らした。
しかし、アイツは何食わぬ顔で、そのうち返すからと、吐き捨てるように言い放った。
親も、詩織も忙しくて大変なんだから、お金くらい貸して上げなさい、という到底信じられない言葉を口から出してきた。
そんな言葉を平然と言い放つ人間。
腹が立つ。本当に、腹が立つ!
さらにそれが肉親からの言葉だということが、さらに怒りを増幅させた。
しかし、それ以上に言い返すことができなく……
そんな弱い自分にも無性に悲しくなり、情けなくなり……
同じ姿をした詩織ばかりをひいきにして。
同じ形なのに、なんでこうも立場が違うの?
私とアイツ、何が違うって言うの?
それなのに回りは姉ばかりをひいきにして。
嫉妬、憎しみ、憤り。この世の理不尽さに、世界を滅ぼしたくなった。
私が姉だったら……
私が姉で、アイツが妹なら良かったのに。
いや……アイツなんかこの世から……
そして今日も私は、詩織のショッピングに付き合わされる。
来週の休日に彼氏とデートに行くらしい。その時に着ていく服を買いに行きたいとのこと。
私が駆り出されるのには理由があった。
体型が一緒の私に、自分が気に入った服を着せてみて、客観的に見て自分に似合うかどうかを判断する、要するに着せかえ人形の役割。
それと、お財布の代わり。
着替えるのが面倒な姉は、気に入った服を見つけては私に着替えさせる。さんざん選んでおいて買わないという選択肢もあった。
その都度、服を返却し店員に謝罪するのは私の仕事。
きっと今日もそれを何店舗も続けるのだろう。
行きたくはなかったが、ここぞとばかりに母親が買い物を頼んでくる。
そういった雑用を、何でいつも私に頼むの!?
繁華街のある隣街までの移動には、私たちはバスを使う。そのバス停で待つのは、なぜか私1人。
姉は……電話をしながらどこかへ行ってしまった。
なんなのアイツは!?
バスがやって来るころに、姉はひょっこり姿を現し、私の前に割り込む。
後ろに並ぶ人達の視線が、なぜか私の背中に突き刺さる。
バスが停まると、料金前払いのバスなのに、姉は勝手に中に入り、一番後ろの席にふんぞり返る。
「お客さん、お金!」
苛立つ運転手に、私が代わりに頭を下げ、
「あっ、すいません、私が2人分払います」
結局、バス代まで私が支払う羽目に。
私は姉の前の席に座る。
「姉さん!」
「ごめん、忘れてた」
いつもこんな感じで、買い物などの支払いはなぜか私が任されることに。
こんな奴、バスにでも轢かれればいいのに……
バスは乗客全員を乗せ終ると、発進する。
「香織~ 悪いんだけどさ~」
すぐさま、悪びれる様子もなく、私の横に座り、すり寄ってくる姉。
「お金なら無いわよ」
「今回だけ!」
「この前も貸したでしょ?」
そう言い終わると同時に、姉は私のバッグから財布を素早く盗み取る!?
「ちょっと! 姉さん!」
「後で返すから~」
こんな調子で、いつも私からお金を借りるのだ。
こんなに腹立たしいやつが、実の姉だなんて……
バスの中でなければ、今すぐ殴ってやりたい!
そんなアイツが、取るもの取って後ろの座席に戻ろうとした時……
その時だった。
車体が大きな衝撃により、揺れたのは!?
何が起きたのか分からないまま、バスは横に傾き……
……
…………
…………痛い
足が……右足が動かない……
それ以外にも、体が……腕が重い。
頭も痛い。
……全身の苦痛によって私は目を覚ます。
……どうやら私は長い間、眠っていたようだった。
ゆっくりと目を開けると、ぼやけた視界に光が差し込み、再び瞼を閉じる。
そしてまた、ゆっくりと目を見開くと、私を上から覗き込む無数の顔が……
「気がついたか!」
「よかった!」
あ父さん、お母さん?
「……ここは?」
「病院よ。あなたたちはバスに乗ってて事故に合ったのよ」
バスに……事故?
あぁ……そうだった。
私たちは買い物に行くんで……バスに乗って……
痛い首を可能な限り回して辺りを見渡すと、そこはどこかの病室内だった。
そう……事故にあって……私たちは……
「よかったわ。本当に……」
母親が父親に抱き着いて、涙声で安堵の声を漏らす。
こんなに両親に心配されたのは初めてだったため、正直戸惑いもしたが、こんな訳も分からない状況化の私にとってはすごく嬉しくて、全身の痛みが和らぐようだった。
「ああ、本当に良かったな……
……詩織が無事で」
えっ?
詩織?
父親が口にした名前は、姉の詩織という名前だった。
頭が上手く働かない……
聞き間違い……なの?
私は……
「……あの……わた……香織……」
「あぁ、香織は……」
私が自分の名前を口にすると、あんなに喜んでいた2人は黙り込む。
「……ねぇ、お父さん、あ母さん? あの……」
「……香織は、まだ集中治療室にいて意識が戻らないのよ」
母親の口から出てきた名前は、はっきりと私の『香織』という単語が聞き取ることが出来た。
え? どういうこと?
思考が上手く回らない。
何を言ってるの?
私ならここに……
もしかして……
私と姉を……間違えてる?
「でもよかったわ、詩織が元気で」
「ああ、本当だ。不幸中の幸いだな」
その場で2人は喜び合って、医者や看護師を呼んだ。
すぐに駆け付けた医師らによって、問診や診断が始まり、私は香織ということを伝えることが出来ずにいた。
幸い私は右足首の骨折と、全身打撲だけですんでいた。
しかし姉は、脳挫傷で今も集中治療室にいるとのこと。
その後、両親から事故の詳細を聞かされた。
バスは交差点で、信号無視のトラックが横に突っ込んできたため横転。
香織は車内で放り投げられて、頭を強く打ったらしいとのこと。
姉を香織と勘違いしたのは、どうやら学生証の入った私の財布を持っていたから、のようだ。
そんな説明もほとんど頭には入ってこなかった。
何故なら、その両親からの説明も、全て姉である詩織として聞いていたから……
実の娘が事故で意識不明の重体という話を、まるで他人の子どもの事のように淡々と話す両親。
私はそれを複雑な思いで聞いていた。
結局私は、香織ということを打ち明けられないまま、その日が終わってしまった。
その夜は言い知れぬ不安と恐れに襲われて、一睡もできなかった。
自分のことを正直に伝えなかった罪悪感。
私は助かったという喜び。
姉は重体という清々しさ。
様々な感情が交錯し、胸が内側から破裂しそうな息苦しさで、何度も呼吸が止まりそうになった。
もし、姉の意識が戻り、このことがバレたら……
そう思うと毛布を頭から被り、夜の暗闇から身を隠すかのように小さくなって震えていた。
次の日、私は両親と共に、痛む体を引きずりながら香織がいる集中治療室を尋ねることになった。
分厚い特別な自動ドアに閉ざされたその先のベッドに、本当の姉である詩織は横たわっていた。
腕からは何本もの点滴の管とケーブルが伸び、口や鼻にはチューブが入れられ、髪の毛を全て剃られ、頭全体を包帯で巻かれた痛々しい私の姿……
いや、姉の姿があった。
ベッド横に供えられた機器から、規則的に人間が呼吸するような音が聞こえる。
「香織もかわいそうにね」
母親がそっけなく私の名前を投げ捨てる。
「これはもう、ダメかもな」
父親の抑揚のない言葉。
素人の私が見ても、彼女に未来は無いことは分かった。
そんな哀れな姉の姿を見ても、不思議と悲しいという気持ちにはなれなかった。
むしろ、瀕死の姉を、私と思い込んで、まるで置物でも見るかのように視線を向けている、そんな両親の様子を目の当たりにし、胸が裂けそうな思いがした。
そんなに私に消えてもらいたかったのだろうか?
私が姉に抱いているような感情を、まったく同じように両親は私に向けているのだろうか……
しばらくの間、私は私と打ち明けることが出来ずに、詩織を演じながら入院生活を送っていた。
毎日大勢のクラスメイトや、教員などがお見舞いに来てくれた。
詩織の彼氏まで毎日やって来ては、私のことを気遣っていった。
そう……彼らは香織にではなく、姉の詩織の見舞いに来ていたのだ。
その反面、呼吸器をつけたままの意識もなく身動き一つとれない香織の見舞いには、誰一人として訪れる者はいなかった。
そのことが悲しくて虚しくて……
いつしかその悲しみが、姉への恨みや憎しみへと変換されいった。
一週間後、私は香織を置いて先に退院。
詩織として学校に戻ると、皆から歓迎と祝福を受けた。
私はその時実感した。
そこには私の居場所も、戻る場所も既になかったのだ。
誰も私の……香織の心配をする者はいなく、詩織の私が復帰してきたことに喜んでいた。
今さら香織として戻ることはできなかったし、何より私が私として帰る気など、このころには無くなっていた。
実に複雑な気分。
大っ嫌いな姉がこんなにも、もてはやされて。
当の私のことは、誰も見向きもしない。
でも、時が過ぎ冷静になるにつれ、アイツが居なくなったこと、アイツの全てを奪ってやったこと、その事を日常生活で体を通すことで実感し、心の底からにじみ出る嬉しさで身体を震わせた。
毎日を詩織として謳歌している、そんなある日の昼過ぎ。
病院から連絡があり、家族全員が呼び出された。
診察室には、険しい顔をした担当医が待っていた。
なんのために呼び出されたのは、誰もが薄々勘づいていた。
そのことを、担当医は冷静な口調で言葉として表してくれる。
「香織さんの容体の件ですが……」
心臓の音が聞こえそうな、物音一つない狭い診察室。
私たちは、その場で黙って先生の言葉に耳を傾ける。
「香織さんは脳死状態です。意識が戻ることは難しいでしょう。自発呼吸もままならない状態です。
このまま延命なさるか? それとも呼吸器を外しますか?
呼吸器を外せば、数時間と経たずに呼吸は止まるとことなります……」
姉の命の選択。
その言葉を聞いて、別に私は心が揺れることはなかった。
むしろ、ああ、よくもったね。
という気持ちが勝っていた。
母親がハンカチで目を押さえ、鼻をすすりながら
「ねぇ、あなた、頑張ったわよね、そろそろ……」
と、父親に尋ねる。
「そうだな、これ以上続けても、本人が辛いだけだろうからな」
ボソボソと呟くように、うつむきながら知ったような口をきく父親。
わざとらしい演技。
医者の目の前だからという、世間体を気にした安っぽい芝居。
でも、この場に居る誰もが同じ気持ちであった。
香織には消えてもらいたかったのだ。
もし、双子の姉妹でどちらかを選ぶとしたら。
迷わず、姉の詩織なのだろう。
私は分かっていた事とはいえ、言い知れぬ虚無感に襲われ宙に浮いているような感覚で、その説明を聞いていた。
この世に香織という人格は必要とされてない。
「ねえ、詩織もいいわよね」
最後の最後に、母親は私にそう投げかけてきた。
自分で自分に止めを刺す。
これで二度と香織には戻れない。
あそこに寝ているのは私の大嫌いな姉の詩織。
これから私は、あの、嫌いだった詩織を一生演じ続ける。
そして、あんなになりたかった、姉なる。
……
…………
…………私は……
「……そうね。香織もがんばったわね、楽にさせてあげましょう」
さようなら、姉さん。
そして、さようなら、香織……
こうして私は詩織として人生を再スタートさせた。
残りの学校生活は、まさに天国のような青春時代を過ごさせてもらった。
勉強に、友達に、恋愛に。
自然と明るくなり、まるで本当の詩織のような仕草、言葉遣いにまでなった。
もう姉に気を遣うことはない。
姉妹という枠組みから解き放たれ、しがらみのない自由な世界に飛び立った。
今までアイツに奪われていたものを取り戻すかのように、貪欲に、積極的に、青春を満喫させてもらった。
鏡で自分の顔を見ると、あの大嫌いだった姉を思い出すので化粧をするようになった。髪も染めて短めにした。
自分でも綺麗な女になったと思えるほど、あの頃と見違えるほどの別人になった。
2人が過ごした家には居たくない。
高校を卒業し、大学進学を機に一人暮らしを始めた。
双子の姉に気を遣うことも、邪魔されることもなくなった。
この、悪霊が消え去ったかのような、清々しさ。
生きる喜びや楽しさを教えてくれたのは、くしくも姉の存在と姉の死だった。
こうして、詩織としての私の生活は順調に過ぎていき、詩織の彼氏とそのまま結婚し、子どもも授かり、まさに現在幸せの絶頂期を迎える。
今日は新居である我が家に両親がやって来て、まだ歩き始めた息子と触れあっている。
笑顔の絶えない、絵に描いたような幸せな家庭。
そんな幸せな皆を眺めながら、時おり思うのだった。
もしかしたら、誰もが私が香織だと気づいていたのかもしれない。
それでいて、私に詩織を演じてもらいたかったのでは?
どこかで気づいてはいて、それでいて私に姉の詩織になってもらいたかったのでは?
仮に私があの時、自分が妹の香織だと言ったところで、周りはそれを認めなかったのでは……
そう自分の行動を肯定化するような考えを、自らに言い聞かせる。
あんなに憎かった姉に、私は今なっている。
いや……あの時の姉は、もう過去の香織と共にこの世から消え去ってしまったのだ。
今は新たに詩織という私がいるだけ。
そして、あんなに憧れた姉という立場も、今では一人娘として姉妹二人分、両親からの期待と愛情を独り占めしている。
生まれてきた息子が双子でなくてよかった。
もうあんな思いは、子どもにはさせたくない。
それにしても……
姉さん、ツイてなかったわね。
たった1秒早く生まれてきたせいで……
姉妹の姉として生きてきて……
これが誰も傷つかない、ベストな結果。
残された者、みんな幸せ。
不幸になったのは、あなた一人だけ。
あの時、
あのバスの、
あそこに座っていたばかりに……
残念だったわね、
詩織姉さん。
でも安心して。
私は、あなたの分まで長生きして、
幸せになってみせるわよ。