家
俺の足は、止まることなく俺たちの家へと向かっていた。
正確には元俺たちの家、だけれど、今でもあの家には俺の家以上に愛着があった。
あの玄関をくぐっても、きっともうあの温かいおかえりは待っていないだろうけど、それでもあの家に着くと帰ってきたような気分になれる。
それは俺が今も勝手にチセたちを家族だと思っているせいかもしれないけれど、たとえ今はもう過去のことになってしまっていても、あの思い出が俺の中から消えることはないだろう。
悪い記憶ほど覚えているとよく言うから、俺の元家族は世間的には悪い記憶だと言えるのかもしれない。でも、たとえどんなに良くない記憶でも、それらが俺を構成しているのだから俺には必要だということだろう。
そんなことを考えて昔を振り返っていたら、思いのほか家にはすぐに着いた。
行こうと思えばいつでも行ける、こんな近くにいたというのに、なぜ俺は今まで会いに行かなかったのだろうか。
答えは簡単だ。どれだけ行きたくても、行けなかった。それは俺の小さなプライドのせいだろう。今こうしてここに来られているということが何よりの証拠だ。
世界が終わるとわかったときだけ、明日が来ないとわかったときだけ、俺は自由に動けた。
人にどう思われるかとか、この社会で生きていくためにはとか、きっとどこかのヒーローだったらそんなもの関係ないと言って動けるのだろうけど、俺にそんな行動力はない。
自分の未来を信じることも、大切だと思っていた家族を信じることもできなかった俺が、自分の思う正義のために、何か動けるわけがない。
それでも、未来を失ってからなら、俺でも少しは行動できた。
昔からためらってばかりで結局諦めていた俺が、自分のために、わがままな理由で、先をかえりみずに。
それはきっと進歩ではないし、子供じみたわがままの責任を取ってくれる大人はもういない。
それでもどうにか理由をこじつけて生きていくのが大人だというのなら、俺はきっと間違ってないと言えるだろう。
ドアの前で深く深呼吸をしたのはこれが二回目だ。
一回目は、サヨコにサプライズでプレゼントを渡した時。
初めてのことに緊張しつつもどこか前向きな気持ちで俺はこのドアの前に立っていた。
そして今日。
あきらめともいえるような感情は、決して前向きとは言えなかったし、拒絶されることを前提でここに立っているのだから仕方がない。
それでも、たとえ迷惑でしかないとしても、俺はこのインターホンに、俺の人生最後をかけることにした。