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私の猫

作者: 火月

生まれた時から目が見えなかった。足も悪かったから、1人では何もできず、私は寝たきりだった。目が見えない私を特別な目で見る人は多く、友達を作ることは困難だった。1人も友達ができなかった。親には厄介もの扱いされ、孤独だった。そんな私の唯一の癒しは飼い猫のたまおだ。たまおはずっと私のそばにいてくれた。暖かい。ぬくもりを肌で感じる。夜寝るときも、つらくて寝れない日が多かったけれど、毎日たまおが寄り添って一緒に寝てくれた。その間だけは安心して眠ることができた。


 毎日、夢を見た。外の風景。人間の足(?)に踏まれそうになったり、自転車(?)でひかれそうになったりしながら草むらを駆け抜けていた。最初、なんの光景かわからなかった。ただ、次第にわかってきた。目線の低さからこれはたまおが見てきた光景だ。たまおは夢で、目の見えない私に映像を教えてくれた。嬉しかった。色を知らない私にとってたまおが見せてくれる光景だけが唯一、外の世界を教えてくれた。それを知ることだけが楽しみだった。


 たまおの日常の風景を知った。夢で教えてくれるからだ。そのおかげで色々なものを実際に知ることができたし、覚えることもできた。でも、最近それが不快になっていった。私は、自分の目で!見に行きたい!自分の目で!世界を見て知りたい!私はそれができないから、たまおが羨ましく思えてきたし、憎くなってきた。まるで自由に世界を見ることができることを自慢されているように感じた。


 たまおが近づいてきても冷たく突き放した。なでなでしてもらいたい様子で近づいてきても、無視をした。悲しそうにニャーって泣いていた。それでも、私はたまおに優しくできなかった。たまおの見せる風景を見るのが辛かったから。とても辛かったから。私は、自分の目で見たい。東京タワー、中華街、京都の金閣寺。色々見たいものがあるけど、自分が一番見たいもの、思わず口に出してしまっていた。

「…海を、見てみたいな」

言いながら、涙が出てきた。どうせ見ることはできないんだ。泣きながら、私は眠った。


その日、夢を見なかった。私が嫌がってること、たまおはわかってくれたのかな?そう思ったけど朝起きて事態に気付いた。親が言っていた。

「たまおがいなくなった」

いなくなった…?

え、いなくなった…?

親は言ってきた。

「たまおがいなくなった。何か心あたりはないか?」

心あたりはある。私が冷たくしたからだ。私のせいだ。私のために、寄り添ってくれたのに…私のために、景色を見せてくれたのに…自分を唯一大切にしてくれる存在を、私は失った。ごめんなさい。いなくなって気づいた。本当は景色なんてどうでもいいんだ。たまおがいてくれればそれで良かったんだ。なんでそんなことも忘れて、ぜいたくなことばかり考えてしまったのだろう。ごめん、たまお。こんな私だけど、お願い帰ってきて。


何日か経った。親が猫を探してくれているけど見つからなかった。今ごろどこかで倒れているかもしれない。心配だ。次第に私はたまおが生きているか、その不安と孤独感に襲われて衰退していった。


あれからどれくらい経っただろう。夢を見ることがなくなってから何も考えることができなくなっていた。何もかもどうでも良かった。医者からは生きることを拒んでいるようだと言われた。命が危ないと言われた。そうかもしれない。


いつぶりだろう。夢を見た。それは壮大な冒険の物語だった。時には川沿い、時には夜景のビル群、山の中、商店街、雪の降る街、線路。どこまでも長い、長い道を色々な障害を乗り越えながら進んでいく。色々な景色を、土地をめぐっていた。そして、たどりついた。青い水が地平線の向こうまで伸びていた。いい匂いもする。あまりの大きさに、美しさに圧巻された。私は核心した。これが海なんだと。それを見て、自然と涙が出た。今までの悲しい涙とは違う、別の涙だ。


目が覚めた。懐かしい温もりだ。私はまた、泣いてしまった。

「たまお…私にこの景色を見せるために、海まで行ったの?」

「にゃー」

たまおは力なく答える。私はたまおを抱きしめた。目が見えない分、私は耳と肌が敏感ですぐにたまおの状態がわかった。呼吸が弱いし、脈も弱い。毛並みも相当荒れている。こんなになるまで、私のために…ごめんね、たまお。ありがとう、たまお!

精一杯なでた。たまおは嬉しそうにしていた。


それからしばらくして、たまおはすっかり元気になり、私の体調も回復した。今でもたまおは私に色を、映像を教えてくれる。もしたまおに何かあったらそのときは私がたまおの代わりになにかしてあげたい。

「たまお、こんな私だけど、これからも一緒にいてね」

「にゃー」



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