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01

「おはようございますっ!」


 心地良い眠りに付いていたのに、急に耳元で聞いたことのない女性の声が響いた。


「うぅー...」


 低血圧で寝起きの悪い私は、どんなに大きな声を耳元で出されても、急には起き上がれない。ただただ不愉快なだけ。

 毎朝毎朝、何十分という長時間に渡り、目覚まし時計の手助けを得て、やっと起床となるのに。

 この迷惑な声の主は誰だろう?でも、誰の声なのか、全く思い当たらないのも少し怖い。


「お願いです。起きてください!助けてほしいのですっ!」


 うん?助けてって...?


「うぇっ...な、に...?」


 昨日は...あれ?昨日は何してたんだっけ...?

 確か、お昼に珍しく外食に誘われて...あれ?会社に帰った記憶が、ない!?

 いやいや、そんなはずはない。そんなことしたら、無断欠勤!?いや、無断早退になってしまう!!


「あなたは昨日、昼食後の会計時に強盗に出会って、興奮した強盗にさっくり刺されてお亡くなりになったのです。」


 えっ?あれ?うっすらと、そんな記憶もある。気がする。

 もの凄く痛かった記憶がある。

 しかも、刺したナイフをご丁寧に抜いてくれたから、どばどばと流血していた。


「って、えぇぇぇぇぇぇーーー!?ここ病院じゃなくて、私、死んだの!?」


 がばりっ。と急に起き上がって、くらくら~と眩暈に襲われて布団に逆戻り。

 寝起きは急に動いてはいけない。

 これ、長年掛けて私が実体験で学習した事柄だった。


「だ、大丈夫ですか?あ、いえ、大丈夫なはずですよ?今のあなたは魂だけの存在なので、肉体のあった時の記憶に引きずられているだけです。だから、眩暈なんてものは錯覚なのです。気を確かに持ってください。」

「あ、収まってきた...?」

「あぁ、それは良かった。改めて、おはようございます。」

「...おはよう、ございます?」


 改めて起床を促してきた女性を見やると、何とも言えないほどの美貌に眉尻を下げて困り顔。

 しかし、どこにでもいそうなおっとり系のゆるふわな服装に、黒髪黒目の日本人色素。

 よくイメージされる目映いばかりの神々しさとか、ギリシャ風の衣装とか、そんなものは一切見当たらない。


「私、地球の日本地区を担当する女神で『ヤヨイ』と申します。急なことで大変申し訳ないのですが、あなたには『精霊魔法の使い手』となって、今の日本を少しお手伝いして欲しいのです。」

「...はい?」

「あぁ、良かった。こんなに快く引き受けてくださるなんて、なんて心優しい人なんでしょう!!今まで、何人も『聖女』として送り出してきたのですが、上手く行かずに困っていたんですっ!」

「えっ?いや、私は了承したのではなくてっ!何ですか、『精霊魔法』とか『聖女』とかって!?」


 聞き返したつもりが、何故か了承の意有りと捉えられてしまって、慌てて言い返す。

 この疑問しか浮かんでこない状況で、快諾するはずがはいではないかっ!


「はっ!?ごめんなさいっ、説明不足ですよね!?では、まずは説明させて頂きますね。」


 あたふたと慌てふためいていた女性が、急に真面目な顔付きになって説明を始める。

 パッと見、おっとり系キャリアウーマン!って感じなのに、何故か残念系だった。

 そんな、ヤヨイさんの説明によると。


 私の死後、何百年と経った地球は、自然の反撃に合い、人類の生存権は極端に縮小。絶滅の危機にあるという。

 本来なら、手を加えずに絶滅のままに放っておくべきなのだが、自然が意思を持って人間の代わりに地球の覇者になるべく活動を始めてしまったとか。

 これは、放置しておけないと事態を重く見た地球神連合は、人間に自身の罪深さを認識して貰い、何とか自然と和解すべく行動を起こして貰おうと躍起になっているのだとか。


 そこで、役に立ったのが『ネット小説』と『転生』『転移』というファンタジーな物語。

 神の中にも愛読者がいたらしく、事態解決に向けて『ネット小説』が流行った全盛期に生きていて、寿命を迎えずに不幸な事故で無くなった魂を『勇者』や『聖女』として転生させているのだとか。

 勿論、赤ん坊から始める人もいれば、肉体を形作って少年少女から始める人もいて、その時々で様々なパターンを試しているのだとか。


「凄いのですよ!?小説の中の主人公は幾多の難題に立ち向かいながらも仲間と力を合わせて解決に導き、幸せな余生を過ごしているのです!!」


 う、うん。物語だからね?確かに憧れるシチュエーションよね。

 だけど、残念ながら現実じゃないからね!?

 大人の意識を持ちつつ赤ちゃんから始めるとか、大変そうなんですが...?


「そこで重要になってくるのが、『チート能力』!神から授けられた力をフルに活用して、華々しい活躍を見せるのです!!」


 うんうん。大体そんな感じが王道よね?

 たまに、チートなしで無双する主人公がいたり、明後日の方向に努力していたら良い方に転がるとか言う話しもあるけど、どっちにしてもそれって『主人公にとっての』幸せをゲットしているのよね?


「だから、地球神連合はそれらを参考にして、男性は『勇者』として、女性は『聖女』として、件の時代に送り込んでいるのですが...何故か上手く行かないのです!!勿論、全てが全てダメだった訳ではないのですよ!?途中まで良い感じに行っていたのに、何故か最後は自然の怒りを買う行いをしたり、どっち付かずで事態が全く動かなかったり。いえいえ、動かないのだからまだ良いのですけどね。最終目標は自然との和解なので、そこまで持っていきたいんですよっ。」


 本当に色々な方がいらっしゃいました。と遠い目をして記憶の海に沈み始める女神『ヤヨイ』。

 いつ頃帰ってくるかなーと、呑気に構えていたら、目の前にテーブルや椅子とティーセットが出現した。


「すみません。長話になってしまいましたね。おもてなしもせずに、大変失礼いたしました。紅茶を用意しましたので、召し上がってください。」


 テーブルの上から、私好みアプリコットの香りが紅茶から漂ってくる。


「確か、紅茶のシフォンケーキもお好みでしたね?ご一緒にどうぞ。」


 言うと同時にケーキまで出現して、テーブルを彩る。

 勿論、二人分。


「えっと、遠慮なく、いただきます。」


 思えば、死ぬ直前の昼食で、時間がないからとデザートはお預けになってしまったのだ。

 どのくらいの時間が経過し、自身の状態が変わってしまっていようとも、私にとっては続きでしかなく、この機会見逃せるはずがない!

 どのようにして作られたのか少し疑問に思うが、そんな些事に構っていられる事態ではないので、有難く頂くことにする。


「それで、ですね?業を煮やした私たち地球神連合は、各担当者毎に思いつく限りの手を尽くして、良く行った案を全体で採用しようということになりまして。日本には精霊信仰がありましたので、まずはそこかな?と。」

「うん?精霊信仰?」


 何のことだろう?日本に、そんなものあっただろうか?

 精霊...精霊?どこか外国の方と思い違いをしていないだろうか?


「ほら、あるじゃないですか。確かに徐々に薄れてきていた感はありますが、『狐の〇入り』とか『〇の刻参り』とか。あっ、『百鬼〇行』とかもありましたね。」

「うえぇぇぇぇ!?ちょ、ちょっと待って!待ってください!!それ精霊ですか!?なんだか不穏な単語のオンパレードなんですが!?」


 いやいやいやいや。

 そもそも、信仰してる訳じゃないんじゃないかなー?

 昔に、説明の付かない怪奇現象が噂に上がったりしたものが、紆余曲折を得て物語としてまとめられて後世に残ったものじゃ...?

 あれ?違ったかな?

 確かに、有名で知らない人の方が少ない話ではあるけどね!?


「うふふ。細かいことは良いんですよ?真面目さんですね。適度に気を抜かないと、ストレス溜まって身動きとれなくなっちゃいますよ?えっとですね?実は私、『精霊魔法』というものを生み出してみたかったのです!!」


 ババンッ!と効果音の幻聴が聞こえてきそうなほど自信満々に胸を張って言い切った女神『ヤヨイ』。

 あっ、結構でかいっ!


「いいですよね!?魔法って!!響きが素敵です!!ただ、非常に残念なことに、私には『魔力』というものが理解できなかったのです。何なんでしょうね?『魔力』って。『MP』でも良いですよ?」


 どの本を読んでも、魔力が何なのかが克明に明記してあるものを探し出すことが出来なかったのですよね?根本は何なのでしょう?皆、当たり前のように感覚として自覚して行使しているのですが、私にはさっぱりなのです。やはり私の理解力が足りな過ぎなのでしょうか?他の地域担当の神も『へっぽこ』呼ばわりされますし...あぁ、自信なくしますね...。いえいえ、これでも日本の唯一の女神なのです!私が頑張らずにどうするのですかっ!!


 ぶつぶつと独り言を呟きながら自らの思考に没頭している女神を横目に、ふんわり美味しいシフォンケーキにパクつき、甘い香りのアプリコットティーで口を潤し、幸せなティータイムを満喫。


「あっ、なんてこと。またお客様を放って、一人考え込んでしまいました。ごめんなさい。」


 随分な時間が経過し、すっかり完食してしまった。


「いえ、ご馳走様でした。」

「まぁ、お粗末様でした。」


 二人で向き合って頭を下げる。


「日本の昔話は少し怖すぎるので、私が作り出した『精霊魔法』は『自然の力を意識的に行使する魔法みたいなもの』です。『勇者』は、人々の先頭に立って道を切り開く存在。『聖女』は、怪我や病気を癒す存在でした。そして、貴方は初の『精霊魔法の使い手』なのです!さぁ、張り切って行ってみましょう!!」


 にこにこっと上機嫌な女神の笑顔を見たのを最後に、私の視界は暗転した。問答無用で、強制的に。

 『地球神連合』って名前からいって、なんだか不穏よね?とか、神様ってこんなに軽いノリなの?とか、まだまだ聞きたいことがあるのにっ!とか、私の心の叫びを一切無視して、私は人類が滅亡へと向かう地球の未来へと転生させられるらしいのです。

 不安しかないっ!



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