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『Ray of sunshine』 - Stunning sky in Florida -  作者: 彩川カオルコ
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第6話『大手ブランドの内情』

Randolph(ランドルフ)』に跡取りが居ないことは知っていた。

未亡人が『Randolph』を継いでいるという事実からも、後継者問題が頭痛の種だということは、容易に想像がつく。

しかし……


「まぁ……簡単にいうと、あの子()はここをがされされるのが、嫌なのね」


フィリシアは笑ったまま溜め息をつく。

その細い肩を見ていると、有紗の心はなんだか無性にざわついた。

何をおいても、今や世界中に認識され、高級ブランドと名高い『Randolph(ランドルフ)』、背負うものはかなり大きなものであると想像できる。

それでなくとも元々のオーナーであるご主人が亡くなられて不安な思いをされていたはず。

それなのに、近親者が手を差しのべないなんて……

甥っ子がなぜ事業承継を拒むのか、その理由は解らない。

しかし、なんにせよ、逃げるなどと……

一体どれ程甘やかされたことか。

Randolph(ランドルフ)』のほどの看板を自ら遠ざけるとは……


「なぜですか! こんな素晴らしいハイブランドのオーナーになれるのに、それを嫌がって日本に逃げるなんて!」


思わず心の声が出てしまい、有沙は慌てて口を押さえた。


「あ……すみません」


「ふふ。あなた、正直ね」


フィリシアは朗らかに笑った。

そして改めて優しい眼差しで有沙を見据えた。


「今回のお話ね、本当の事を言うと、頂いた当初はお断りしようと思っていたのよ。でもその子の母親、つまり主人の弟の妻ね? 彼女が言ったの。面白いんじゃないかって」


「そうだったんですか」 


「ええ。彼女は、私と違って情報通でね。日本人なだけに、イベント会社の『ファビラスJAPAN』もあなたのファッション誌の月刊『ファビュラス』も知っていたわ。それにあなたのことも別の雑誌に掲載されたインタビュー記事を見せてくれたのよ。あなたって最年少編集長なのよね?」


「あ……はい」


「調べるつもりはなかったけれど、それを読んだから、あなたについてはけっこう把握しているつもりよ。あなたはどうも……面白い人材のようだわ。素直だし」


「えっと、あの……ありがとうございます」


「うふふ」


「あ、是非、その義理の妹さんですか……その方ともお会いして、お礼申し上げたいです」


フィリシアは微笑みながら頷いて、再度有紗にお茶を勧める。

そして、同じタイミングでカップを戻すと、内線で秘書に二杯目のお茶を注文した。


「アリサ、今回私は、あなたにお願い事をすることにしたの。会ってみてそのアイデアが正しかったって、今嬉しく思ってるわ」


「はい……」


「アリサ、固い商談といわず、お互い相談しながら事を運びましょう」


「はい!」


フィリシアはまず、会社組織としての『ランドルフ』の内情や、高級ブランドとして世界で認められているゆえの悩みを語り始めた。

そこには代々受け継がれた歴史におけるステイタスから生まれたおごりによって、実は会社が傾きかけているという話も含まれた。

今はそれを救うため、フィリシアの義理の妹が何かと助言し、協力しているようだった。

あの謎の手帳にも書かれていた事も含まれてはいたが、それ以上に逼迫ひっぱくした内情すらも、フィリシアは有紗に赤裸々に話して聞かせた。


「この会社を立て直して、あの子がここを継ぎたくなるようにしたいの。それが今の私の夢でもあるわ。その為に何をするか。そこね。具体的には難しけれど、でもあなたの提案のように、日本での立ち位置を引き上げれば、あの子にはきっと響くと思うのよ。何年か前にね "老舗は守りに入って斬新さに欠ける。つまらないんだ " って、捨て台詞みたいに言われたの。普段は意見どころか、関心すら示さないあの子が言ったその言葉が、今は私にもようやく解るようになった。ファッション業界はセンセーショナルで魅力的で、常に展開していかなきゃだめなのよね? そういう点でも、若いあなたのアイデアは私にはまぶしかった。そして思ったわ。きっとあの子も、ここから離れて別の場所で “そういったもの” に携わろうしているんだろうって」


有紗はその言葉一つ一つを飲み込みながら、しばらく考えていた。


「ミセスランドルフ……私やってみたいんです。ここを、この地域を、改革する事を。私にチャンスを下さいませんか」


真っ直ぐに顔を上げてそう言った有紗の顔を見て、フィリシアは頷いた。


「ええ、そのつもりよ。義理の妹とあなたの提案について話していたのはその点よ。もちろん自社ブランドを上げていくのも大事なことだけど、この『Worth(ウォース)Avenue(アベニュー)』一帯を底上げする努力が必要なのかもって。老舗だ、ハイブランドだ、と言われてお客様をこちらが選ぶような時代ではないし、あなたはその時代の流れを読んでいる。あなたの商談は成立ね。アリサ、この波を変えてほしいわ。力を貸してちょうだい」


「はい。ありがとうございます」


有紗はパッと明るい顔を上げて、もう一度差し出されたフィリシアの手を握った。

白く美しいその華奢な手を見つめながら、微力ながらもこの人の役に立ちたいと、心から思った。


「あの、ミセスランドルフ……信頼を頂けて嬉しいんです。ただ、大切な貴社の内情を私なんかにお話しなさって……よろしいのでしょうか?」


フィリシアは少し口角を上げて見せた。


「フフッ、そうねぇ。タダで聞かせる話ではないかもね? ねぇアリサ、一つ条件を出してもいいかしら?」


「条件……ですか、はい! なんなりと」


「あの子を……甥っ子をね、連れ戻したいの」


「はい? あの、それは……私はどういったことを……」

有紗はまた首をかしげた。


「もちろん実際に『Randolph(ランドルフ)』を立て直す事が出来なければ、いくら首に縄をかけて連れ戻したところで、あの子はまた逃げ出すわ。だからもちろん、会社をどうにかするのが先ではあるんだけど……ゆくゆくはあの子とコンタクトを取って、彼の意向を聞き出してほしいの」


「私で……いいのでしょうか?」


「あなたの発想力なら、あの子も興味を持つと思うの。これは直感よ。だって、こんなにワクワクしたのは、家督を継いでから初めてなの。アリサ、責任とってよ」


フィリシアは優しい瞳で笑った。


「ありがとうございます」


「あの子の状況は、私も日本から情報をもらうしかなくてね。今後はあなたにも共有するわ」


「はい。その方は……どんな人なんでしょうか?」


「そうねそんな話も追々していきましょう。彼の名前は『Leon(レオン) Randolph(ランドルフ)』よ。あなたより一つ年上だわ」


「そうですか……レオンさん……」


いわば新しいそのミッションに、有紗は内心困惑していた。

人を説得するのには、必ず引き合いとなるものが必要になる。

ある程度の提示できるものを作る為に、まずは自分の力を発揮して、何らかの結果を出さなければならない。

それにはきっと時間を要するはずだ。


「それで? あなた今どこに泊まってるんだったかしら? ああ、確かディズニーリゾートに迎えを出したはずね。なぜ? 観光でもするつもり?」


「いえ……あ、一週間ほどしたらこの近くに友人が住んでいるので、そこの家に少しお世話になることになってるんです」


「なに? あなた、すぐ日本に帰るつもりなの?」


「いいえ! 実際に出版社との約束でショップもオープンさせなくてはなりませんし、なにも成せないうちは当分日本へは帰れません。実は私……形式上ではありますが、編集長を罷免ひめんされていまして……」


「そうよねぇ? 聞いてるわよ、Mr.江藤から」


「え! そうだったんですか……江藤部長が……」


それを聞いて腑に落ちた。

自分には後がなく、捨て身でやって来たこともすべて承知の上で、提案を飲んで下さったのだと。


「だったらなぜ先に家を見つけないの?」


「あ、それは……今まで各国渡りましたが、実際に居住するのは初めてなんです……さすがに日本国内のようにスマートフォンに指一本で確定するってわけにもいかないと思って、とりあえず現地に来ようと……」


「ふふ、そう。Mr.江藤に聞いた通りだわ。アリサは行動的で大胆だけど、いつも仕事優先で自分のことは後回しだってね。分かったわ。住む所を提供しましょう」


その言葉に有沙は驚いた。


「え? あ……いえ! そこまでしていただかなくても……」


「アリサ、いい仕事をしようと思うなら、生活の基盤は重要よ。仕事に打ち込める環境が必要なの」


「はぁ……でも……」


「いいのよ。実は使ってない家があってね。ちょっと掃除はしてもらわなきゃならないけど、むしろ住んでもらった方が私も好都合よ。家も生き返るでしょうし」


よくよく話を聞くと、この周辺にはランドルフ家の所有物件が幾つもあるらしい。

なんとか家賃を納めさせて欲しいと有紗は言ったが、フィリシアはそれを受け入れず、罷免されたのなら『Randolph(ランドルフ)』で預かると、その場から江藤部長の秘書に断りを入れた。


驚く有沙に、更に社員の扱いをするので生活費すら取らないと言った。


「こんなに良くして頂いて……」


フィリシアは、そう戸惑う有沙の肩に手を置いた。


「その代わりとして、こちらが一段落ついたら、偵察と称して一度日本に行ってもらいたいの。そしてそこでレオンとコンタクトをとって欲しいわ」


加えてフィリシアは、相澤出版に進捗状況を伝える事も兼ねるように言った。


「ね? 悪い条件じゃないでしょ?」


「滅相もないです……そこまでしていただいて……」


「大丈夫。私もあなたから貰うものが沢山あると思うの。アリサ、あなたらしい仕事ぶりを見せてちょうだい。それに、Mr.江藤には随分お世話になったのよ。主人が亡くなった時もね。その彼がアリサの事を秘蔵っ子だと言ったわ。これは私にとっては彼へ恩返しするチャンスでもあるのよ。だからアリサ、あなたの会社にも良い報告ができるように頑張りましょう!」


「はい! ミセスランドルフ」


フィリシアは嬉しそうに微笑むと、再び立ち上がってデスクまで行き、受話器を持ち上げて言った。


「アリサ、これから食事をとりながら相談しましょう。あなたのビジョンをもっと具体的に聞きたいわ」


第6話『大手ブランドの内情』- 終 -

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