第28話『build a friendship』新たな同盟
ランドルフ邸のダイニングテーブルには二杯目のお茶がセットされ、玲音と司の会談が始まった。
玲音はまずヒューストン空港での有紗との出会いから話す。
「え? それって飛行機が遅れて有紗がヒューストン空港で待ちぼうけ食らった日よね?」
「ああ、コーヒーショップの前でぶつかってさ。鞄の中のものが飛び出しちまって……まぁ、俺も電話中だったから、悪かったんだけどな」
「ああ……なんか有紗が " 失礼な男がぶつかってきた " って、言ってたような……」
玲音は司に怪訝な眼差しを向けた。
「はぁ!? 自分がバッグの口を開けたままだから大惨事になったんじゃねぇか! ま……そん時に、俺の手帳とアイツの手帳が入れ替わったんだけどな」
司が驚いたように顔を上げた。
「えっ!? ちょっとまってよ! 手帳は確か清掃員が拾ってくれたって……もしかしてあの手帳は、あなたのものだったの?」
「そう」
「ええっ……! 私、その手帳の話を聞いて " 有紗が商談に成功したのもそのラッキーアイテムのお陰なんじゃない?" って言ったんだけど?! 有紗はディズニーリゾートで時間も忘れてその手帳を読み漁ってたわよ?」
「はは、アイツもか。実は俺もさ、日本に向かう機内で手帳が入れ替わってることに気付いてから、夢中で読んでた……解読というべきか」
「……そうなんだ?」
司はゆっくりとカップを持ち上げる。
「ランドルフを根本から建て直すような斬新なアイデアに、心動かされてちまってさ」
「そう。まるで引き合わされたみたいね」
「ああ。だから俺は手帳の持ち主を探すために、再度帰国したんだ」
司は手にしていたカップをそっと下ろす。
「それで? びっくりしたでしょ? まさかここに有紗が住んでるとは思わなかっただろうから」
「それどころか! この家へ帰って早々にひどい襲撃に遭ったんだぞ!」
玲音は顔を歪めながら、深夜の攻防戦を事細かに話した。
司は玲音の身ぶり手振りで話すのを、ずっと笑いながら聞く。
「あはは! それ、けっさくよね! ダメ……想像したら笑いが止まらない。植木をぶん回すって……火事場の馬鹿力もいいとこよね。あはは! でも有紗、相当怖かったんじゃない? 聞いてる私だって生きた心地がしないけど?」
「俺だって怖かったぞ! 現に負傷してるわけだし」
「ああ、そうよね。……もう大丈夫なの?」
「ああ……アイツがパラメディック並みに手当てしてくれたからな」
「ふぅーん」
司は意味ありげな表情で玲音の顔を覗き込んだ。
「なんだよ」
「ううん。なんでも。それにしてもさ、度重なる偶然かぁ……それで? どこからがあなたの策なわけ?」
「あ? 策も何も……俺自身、驚くことばかりだ」
「そう。なら、本当に " 運命の相手 " だったりして……?」
「ん?」
妙に納得する司を見ながら、玲音は首をかしげた。
「そうだ! ねぇ聞いてる? 有紗、エミリーって子に会ったみたいだけど」
玲音は立ち上がらんばかりに驚きの表情を見せた。
「は、はあっ?! なんでアイツと?」
「聞いてない?」
「ああ全く。どこで?!」
「ここに来たらしいわ。最初は泥棒扱いされたとか」
玲音が空を仰いだ。
「ああ……また面倒くさいことに……」
「幼馴染みなんでしょ? なんで有紗はそれをあなたに言わないんだろ?」
「さぁ……まあ、それについてはなんとかうまく聞き出してみるよ。エミリーはアイツに迷惑かけたのか?」
「いや、なんか仲良くなったみたいよ」
玲音は背もたれからバッと身体を起こす。
「なにっ! それはまた……厄介な……」
「え?」
玲音は溜め息をつきながら首を振った。
「あ、いや……この件は何とかするから。司も気にしないでくれ」
「わかった……じゃあ本題に戻るわね」
「ああ」
そこからは二人は『ランドルフ』を取り巻く状況について話をした。
司の真意を突く尋問に、初めはたじろいでいた玲音も、彼女のおごりのない端的な発言は話しやすく、あらゆる経緯をほぼ忠実に話すことが出来た。
逆に日本での有紗の勤める出版社の内情や、渡米に伴う大まかなプランなど、玲音が知りえない情報を聞くこともできて、有意義な時間となった。
「会社の概要はわかったけど、そういやぁ最年少編集長ってのもホントなんだな?」
「ええ。編集長になりたての頃には、ビジネス誌の取材なんかも受けてたんだから。待って……あ、ほら!」
司はスマホで有紗が取材を受けた記事を出して、玲音に見せた。
「なになに……『日本のファッションの先端をいく、若き雑誌編集長』か。へぇ、いい写真だな。バッチリのビジネスモードだ」
「あはは、そうね。有紗はオンとオフの差が激しいから」
「全くだ! 俺を襲撃したオンナが、あの空港ですれ違った人物だとは……さすがの俺でも気付かなかったもんな」
「わ、なにげにひどいコト言うわね? 言いつけてやーろぉっと! 有紗、怒るだろうなぁ?」
「おい、やめろ! っていうか……俺らは今、密会中だぞ?」
「あ、そうだった。つまんない!」
「フフフ」
二人して首をすくめる。
「さっきの記事のURL、送ってくれないか」
「いいわ。有紗は花形だけど、なんせ今は事実上、その最年少編集長が『月刊ファビュラス』の唯一の生命線になってるのよ。あのか細い身体に、目一杯重圧を感じて頑張ってるんじゃない?」
「そうか……」
「だからあなたも、有紗のビジネスパートナーだってうたうのなら、あの子の事、しっかり理解してやってよね」
「ああ、わかった」
日本の企業情報には、比較的明るい方だと自負していた。
その女性誌も一応名前だけは創刊の頃から知っている。
制作会社『ファビュラスJAPAN』、そこから分岐し出版業界に参戦した『相澤出版』の看板とも言える『月刊ファビュラス』、それらすべての元締めは大手の『東雲コーポレーション』だ。
玲音の父はその『東雲コーポレーション』の株主だった。
――出版部門の経営体制が怪しいなどとは、聞いたこともなかったが……
内々で動いているとあらば、何かしら困窮した問題を抱えているのかもしれない。
相棒に調べさせよう。
ヤツはちょうど日本にいる。
つい数日前に浮かんだ一つの閃きに確証を感じながら、玲音は乗り出して話す。
「あのさ、ついこの間、アイツにも言ったんだが……」
近々、自分の片腕とも言える友人を、日本から呼び寄せようと思っていることを司に話すと、司は眉をあげて少しいぶかしい表情をみせた。
「ねぇ、その人もあなたみたいに潜伏するんじゃないわよね?」
「いや、身動きがとれない俺の代わりに、表立って動けるヤツだ」
「ならいいけど。ねぇ、その人とはどういう関係なの? 部下?」
「いや、俺の相棒だ。公私共に信頼出来る人間でさ。今、ジェンミは俺の代わりに日本の親父の会社に居る」
「ジェンミ?」
「ああ、コリア系ハーフだ。生まれは日本だけどな。ガキの頃からずっとここで一緒に育った、兄弟みたいな存在なんだ」
「で? 彼もイケメンなの?」
「は?」
玲音はすっとんきょうな返答をしたが、司は悪びれもせず玲音の答えを待っているようだ。
「はは……どんな男がタイプかは知らないが、まぁ普通の感覚なら、かなりなイケメンなんじゃねぇか? ただし、俺には及ばねぇけどな?」
そのアンサーに満足そうに、司は微笑んで玲音を見据えた。
「ふふ。有紗があなたになんでもポンポン突っかかってくるのが想像出来るわ。あなたとの生活なら気楽だし、あの子も毎日楽しいかもね」
玲音が鼻で笑う。
「ああ、ホント、気楽にやってくれるよ。いつも言いたい放題言いやがって。ま、お宅ら親友同士もよく似てるけどな」
「うふふ。そうかもね。ねぇ、ちょっと気になったんだけど、その人が渡米することをわざわざ有紗に正式に告げなきゃならない理由は?」
「あ……ヤツはこっちに居るときはここに住んでるんだ。俺たちは地元の幼馴染みだから、近隣住民も俺の留守中にジェンミが出入りしてる事に不信感を抱かない」
司は動きを止めてパッと顔をあげた。
「……ここに?」
「ああ。二階にヤツの部屋だってある」
司は頭を抱える。
「はぁ……全く! 有紗も大変よね? 彼氏もいないのに男二人と同居だなんて? もうこの先、出会いもなくてお先真っ暗じゃない?!」
「ははは……本当だな」
苦笑いの玲音に、司は更に突っかかった。
「あのね! 誰のせいだと思ってんの! もともと心配だったのよ。お宅のおばさまが、有紗をあなたの婚約者になんかに仕立ててここに住まわせるなんて。思いっきり " 囲い込み " を受けてるって、本人にも言ったのに……あの子はお人好しだから、会ったこともない婚約者の本当の嫁みたいに演じちゃってさ。ビジネスプランが円滑に進んでいることに満足してるみたいだけど……気が付いてないのかしら? もういい年なんだし、出会いが来なければ、確実に " 行き遅れる " ってことを」
玲音が苦笑いする。
「あ……やっぱり女にとって結婚って、そんなに大事なものなのか?」
「はぁっ?」
口に出してから愚問に気付いた。
「あ、いや……その……」
「まぁ……男にはわかんないかもね。そういう私も、子供を持ってみて初めて解った事もあるし。でも有紗は……まだ何にもわかってないわ。あの子はまだjuvenileだから」
「あはは。ガキ扱いか?」
「仕事ではすこぶる出来るオンナよ? 尊敬するほどにね。だけど……こと恋愛に関しては全然ダメね。とはいえ、親友としてはやっぱり有紗には女の幸せを掴みとって欲しいって、切に思うわけ」
「なるほどね。友情を感じるよ。なら、男を紹介すればいいのか?」
司はギロッと玲音を睨む。
「あのね! これ以上事をややこしくしないで!」
「あはは……冗談だ」
司が時計を見上げた。
「私、そろそろ『ランドルフ』に行ってみるわ」
「は? 会社に? 何の用で?」
「有紗はスマホを忘れて連絡がつかないわけでしょ? まずないとは思うけど、薄暗くなってから丸腰でフラフラ歩いて帰ってきたりしたら危ないから、いっそのこと車で迎えに行って、食事に誘うわ」
「へぇ……まるで彼氏なみの計らいだな」
その言葉に、司は目を細めてまた玲音を睨み付けた。
「だって! ここに居るオトコはただイケメンなだけで、潜伏中の身を理由に、あの子を守ることもエスコートすることすらも出来ないのよ? まさかあなた、アンチフェミニストとか?」
「おい! これでも女には優しい紳士で通ってるんだ」
司はプッと吹き出す。
「やだ、真に受けないでよ。その言葉を信じるわ。まぁそのうち、きっとあなたは有紗の良きパートナーになるわ」
「ああ。その為に入念にプランを練ってる」
「ああ……そっちね? まぁそれも、かな?」
「ん? なんだ?」
「いいえ、なんでも。あ、そうだ! 有紗とね、前々からうちの家族と一緒にBBQしようって話をしてたのよ。私が今夜またその話をするから、あなたもそれとなく " 親友には自分の存在をバラしてもいい " って言ってみてよ。ちゃんと紹介された方が、私たちも楽に情報交換できるし」
「そうだな。わかった、話してみる。それで? 今日来たことは内緒にするわけだろ?」
「もちろん」
玲音が怪しい目付きで微笑みかける。
「だったら俺たちは、そのBBQの時に " Nice to meet you " って挨拶するのか?」
「そうよ! ま、それも含めて楽しみましょうよ」
「はっ! 親友を出し抜くなんて、気の置けないヤツだな」
「何言ってるの、彼女を思っての嘘は、いくつついたって罪にならないわ」
玲音は肩をすくめた。
「なるほどね、その辺もまた聞かせてくれ。ああ、もちろん内々にな」
「ええ、いいわよ。同盟を組みましょう!」
そう言いながら司は、キッチンで来客用のカップ&ソーサーを洗い、キレイに拭いてキャビネットに戻すと、食べ終わったケーキの包み紙まで持って帰っていった。
「うわ……完璧なる隠蔽工作……やっぱ、女は怖えぇな」
第28話『build a friendship』新たな同盟 - 終 -




