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『Ray of sunshine』 - Stunning sky in Florida -  作者: 彩川カオルコ
2/22

第2話『深夜のディズニー・ワールド』

すれ違い様に声をかけてきたオトコと、今度はぶつかるなんて……

しかも……よりにもよって、あの香りとは……

()しくもこの地で遭遇(そうぐう)したその匂いは、彼女の記憶を乱暴に引きずり出した。

彼女は首を振る。

「まぁ、あのhigh-end(高級志向)気取りのオトコなら、好みそうな香りかもね」

気を取り直して荷物を引きながらコーヒーラウンジへ入る。


「Here you(どうぞ) are」


「あっ、あ……Thank you」


店員が差し出したコーヒーがたてる香りは、彼女の中のその懐かしい余韻(よいん)瞬時(しゅんじ)にかき消した。

ゆったりとした一人掛け用のシックなキャンバス地のソファーに腰を下ろし、ウッドデコールが全面に(ほどこ)された壁の大きな|Clock hands《時計の針》に目をやる。


「まだ一時間あるわね」


彼女はおもむろにバッグに手をやった。

「あ……ヤダ私、またやってるわ」


バッグの口がまた開いている。

コーヒーの支払いの時に財布をしまって、またそのままだったようだ。


「ダメね……ここは平和な日本じゃないんだから。これからは気をつけなきゃ」


Take(せいぜい) care(気を付けるんだな)」と言ったあのオトコの皮肉な口元くちもとがよみがえる。


「ったく、イヤミなヤツ!」

そう言いながらバッグの中を探った。

明日からの行程(こうてい)に目を通しておく為に、手帳を取り出そうと奥まで手を入れる。


「え? ウソ! ない!」


バッグを最大限まで開けて探しても、そこにその手帳はなかった。

あわててスマートフォンを取り出し、フォルダーを開く。


「良かった! スキャン取っといて」


その手帳には、事業プランやアイデア、今回の旅の行程など、あらゆる事を事細かに書き込んでいた。

毎回不思議とパソコンや端末に向かうより、ペンを持ってノートに書き込んだ方がいいアイデアが浮かんだり、斬新なイメージにたどり着ける。

彼女はこの感覚を大切にしていた。

だから毎年、高級ブランド『Frances(フランセス) Georgette(ジョーゼット)』のレセプションパーティーでsouvenir(記念品)として配布られる、その手帳を大いに活用していたのだった。


「ウソでしょう! ここへ来て、失くすなんて!」


バッグをひっくり返そうかと悩んだ時、ハッと気付いた。

「そうだ! さっきあそこで……」


彼女は荷物を全部持って、コーヒーラウンジの出口へ向かった。


「絶対そうよ……バッグの中の物をほとんどぶちまけちゃったし。きっとあの時に落としたんだわ!」


イミテーショングリーンの周囲りまで隅々見たが、何も落ちていない。

それでも諦めきれず、地面を見て回っていると、先ほどコーヒーを出してくれた黒人の店員の女の子が声をかけてくれた。

事情を説明すると、さっきクリーナー(清掃員)がいたから彼に聞いてみると言って、電話をしてくれた。

革製の純白の手帳で、表紙には『F G』という文字が大きく刻印されていると言うと、その説明を電話口で忠実に伝えていた彼女が、耳に受話器を当てながらパッと顔を輝かせる。


「|Good for youよかったですね !」


その笑顔に、安堵の笑みがこぼれた。

「I'm so glad to hear that《それを聞いてホッとしたわ》」


彼女にチップを渡して、再度店を出る。

ほどなくして恰幅かっぷくのいい男性がやって来て「Have a nice (良い旅を!)trip !」と言いながらその手帳を渡してくれた。


「Oh, God ! Now I can relax(ホッとしたわ). Thank you !」

彼にもチップを渡し、手を振りながら腕時計を確認した。


「あら、もうこんな時間。搭乗ゲートに向かわなくちゃ」


彼女は受け取った手帳をポイとバッグに入れて、今度はしっかりとその留め金を閉めた。



日本から12時間の空の旅、トランジット(乗り換え)で降り立ったヒューストン空港ではテイクオフまで足止めをくらい、そこから更に約3時間あまりのフライトを要す。

オーランド空港に到着したのはもう夜も更けた頃だった。

しかしここはThe Happiest(夢の) Place On Earth(マジカルランド)

ラスベガスに次いで、眠らない街でもある。


夜更けにも関わらず、ホテルに向かうバスを探すのは容易なことだった。

ホテルに着く前に、車窓から幾重にも花火が上がり、乗客を魅了した。

ここでは、毎夜「Happy New Year !」と皆で歓声をあげながら0時を迎える。

毎日がカーニバルだ。


親友は、初日からディズニーリゾートに宿泊すると言うと、あきれたように笑った。

そしてこうも脅してきた。

「周りのHappy atmosphere(幸せな雰囲気)にやられて、病むんじゃない?」と。


その時は笑い返して反論したが、なるほどここは表現豊かなアメリカの地、しかもこんな夢の国に来たとならば、誰もが自分達の世界にまり込むのも無理はない。

前に座ったカップルの熱い雰囲気に、伏し目がちに苦笑いした。


ホテルまでUber(タクシー) に乗っても良かったが、そこを節約して、部屋に入ってすぐにルームサービスで夕食をとった。


アントレ(前菜)はアトランティックサーモンのマリネ、メインはプライムリブステーキ。

注文するところでその大きさを聞かれ、受話器を片手に慌ててスマホを起動する。


「グラムじゃなくてオンスなわけね」


12オンスが基本だと言われたが、到底食べられる訳もないので、深夜ということを理由に、さらに小さく100gramほどのquarter(4オンス)にしてくれと頼み、赤ワインをハーフボトルで注文した。

こちらのルームサービスが遅いことは知っていたので、それまでの間にざっと荷物を解いて、ある程度クローゼットに収める。


食事を取りながら今後のスケジュールを確認しようと、バッグに手を伸ばす。

今度はちゃんとその口は閉まっていた。

サービススタッフにチップを渡した後も、ちゃんと財布をバッグに入れて留め金を閉める自分がいた。

その度に、ほんのりとしたアルマーニの香りが鼻先に漂うような気がして、息をつく。



今回このフロリダの地に来たのは、旅行が目的ではない。

自分の今後の人生をも変えるような、そんなビジネスチャンスを掴むため。

そこには、自分が今勤める出版社の社運も少なからずかかっていた。

しかし、実際に商談が行われる場所に程近い『パームビーチ国際空港』ではなく、一旦ここオーランドに降り立ったのは、個人的な理由からだった。


あれからもう何年経ったのだろう。


あの時の、大切な約束……

それをようやく果たすことが出来る。

あの、アルマーニの香りと共に……


また爽やかなシトラスのアロマティックな匂いが蘇り、頭の中を巡りながら、苦く押さえつけた感情を今にも解き放とうとする。



『Ray of sunshine』 - Stunning sky in Florida -

第2話 『深夜のディズニー・ワールド』 - 終 -

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