第13話『Just chilling with a friend』親友との時間
「理由?」
ミセスランドルフが謳うその " 理由 " について、司は食い入るように有紗を見つめる。
「ええ。この土地の生活を知ることと、ご近所付き合いもしながら顔を広めて、まずはこの地域の人の心をつかむことが必要だからって」
「へぇ、なるほど。それは私も解るわ。やっぱりこの辺りは特殊っていうか……そうね、庶民的ではないことが、ある意味閉鎖的な状況を生んでいる可能性はあるわね。代々老舗を守ってきた人たちが多いのもあって、年齢層も高いしね」
「うん。だから私みたいなヒヨっ子じゃ、ハナから相手にしてもらえないのかも。ミセスランドルフも言ってたわ。同じ舞台に立たなければ、いつまでたってもよそ者扱いで、人の心は動かないし、偏見もとれないって」
「へぇ。ごもっともな意見ね」
「ミセスランドルフご本人もね、新しいことに興味はあっても、それを勧められると基盤ごと盗られてしまうんじゃないかって不安があったみたい。そういった心理を抱きかねないオーナーたちがほとんどだと思うって。一度ついた猜疑心はなかなか拭えないから、そう思われる前に先手を打つのが得策だって」
「そう。ミセスは単に親切心でここを提供してくれた訳じゃないのね。見直したわ! さすがウォースアベニューの重鎮だけあるわね!」
「そうね」
納得した司がまたも首をかしげ、顎に手を添える。
「でもさ、ここはランドルフ家だと周知されてるのよね? いきなり知らない日系人が住みだして、ご近所に不自然に思われないのかしら?」
「あ……それについては、私も不安に思って尋ねてみた。この辺の住人とミセスは付き合いも長いし、誤魔化しきるのは難しいって」
「でしょうね。じゃあ?」
「あ……」
有紗がトーンダウンする。
「ん? 有紗、どうしたのよ」
司は食い入るように、有紗を見つめる。
「それが……」
有紗は言いにくそうにこめかみを掻いて、口許を歪めた。
「それが……その甥っ子の……」
「ん? 甥っ子がなに?」
「だからその……Leonって人の、 "婚約者"ということに……しようって」
「はぁっ……?! 婚約者!?」
司は大きな声を上げて身を乗り出した。
「う、うん……彼がずっと日本に居るということは噂にもなってるから、日本人の私には婚約者の役がうってつけだって。それなら歓迎もされるだろうからって……ミセスランドルフが……」
「はあ!? なにそれ!? あはっ、あははは!」
司が笑い出した。
「ちょっと……なによ、そんなに笑わなくても」
「あはは……! 笑うわよ! あなたはもうこの地でオトコ遊びすらもできないって訳ね! お気の毒さま!」
「オ、オトコ遊びって……」
高らかに笑った司は、挑戦的な眼差しを向ける。
「だってそうでしょ? 言い換えれば、出会いもナシ、新たな恋もナシ。ホント可哀想ね有紗。オーナーは本物の戦略家よ! あなたにとことん仕事をさせる気だわ。だって家まで与えられて、その上、架空の旦那まで付けられて囲われちゃあ、逃げようがないもの。あーあ、笑えるわ」
有紗は膨れっ面で親友を睨む。
「もう! ひどい言い様なんだから! でもね、私はそもそも仕事しか頭にないんだから。別に構わないわよ!」
「なによそれ?! そう? 残念ね。あなたに紹介したい独身男性もいたのに?」
司は意地悪そうな顔をしてウインクを投げる。
「けっこうよ! 仕事に生きるもん!」
「は? 仕事に生きるですって? 適齢期のオンナがそんなこと言ってていいの? オーナーはあなたの年齢を把握してないはずないわよね? ああ! わかった! そのうち"責任をとるわ"とか言って、お見合いでもさせられるんじゃない?」
「そ、そんなはずないでしょ!」
その有紗のぎょっとした表情に、また司は笑いだした。
「あーあ、楽しみ! Good luck!」
そう言って有紗のグラスに自分のグラスをコンと当て、司はワインを一気に飲み干した。
「もう、司ったら……」
「いいから、いいから! 今日はもう、とことん飲もうよ!」
ケイタリングのオードブルを、今日二度目となるワインとともに堪能しながら、二人は大いに盛り上がった。
豪華な酒のつまみに舌鼓を打つ親友の横顔を見ながら、かつての記憶をたどる――
新事業として設立されたばかりの出来立てホヤホヤの『月刊ファビュラス』編集部に配属されたときから、同期の司とは苦楽を共にした仲だった。
良い案が浮かばない時も、つまらないミスで自分達の未熟さに打ちひしがれた時も、大きな企画が共倒れになりそうになった時でさえも、ポジティブに捉えながら切り抜けてきた。
それが出来たのは、この親友の笑顔と明るく前向きな性格のお陰。
いつもそれに助けられていた。
そんな姉御肌の司が結婚することになり、日本を離れた時は身体の半分を無くしたような喪失感で、しばらく立ち直れなかった。
あれから六年、最初は親友の分まで頑張ると決めてろくに眠らずに働いた。
漠然と、彼女がもし帰ってきても居場所があるようにと、そんなことを思いながら奔走していた。
でも地球の裏側に居る彼女から無事に長男を出産したと、そしてこれからは家族のために生きるんだと、そう連絡をもらった時に、心の底からのおめでとうの言葉と共にようやく諦めがついた。
気が付けば『月刊ファビュラス』は日本を代表する女性誌となっており、そして自分はファッション誌のトップシェアランキング一位に輝くその雑誌の、最年少編集長になっていた。
あらゆるインタビューを受け、それらしい成功術などを話したりしたこともあるが、本当のところはすべてこの親友のお陰だと思っている。
司のスマートフォンにベビーシッターからの連絡が入ったのを機に、再会の宴はお開きとなった。
「セキュリティは万全だから、安心してゆっくり休んでね」
「司、今日は一日ありがとう」
「馬鹿ね! いつだって会えるんだから、そんなこといちいち言わなくてもいいの! これから毎日楽しくなりそうだわ。じゃあ、Have a nice dream! 」
「うん。Good night! 」
玄関先で親友を見送った有紗は、ゆっくりと家の中を見回しながら感慨深げにソファーに戻り、腰を下ろした。
二つ並んだ空のグラスを見つめながら、しばらく今日一日の出来事に思いを馳せる。
――いよいよ始まった
今この舞台にこうしている事も奇跡のようではあるけれど、このチャンスを生かすも殺すも自分次第。
ここからようやく自分の手でスタートを切る。
有紗は希望に胸を膨らませた。
これからあらゆる瞬間を自分の中に刻もうと決めて。
そして彼女は大きく息を吸う。
このフロリダを、感じながら……
第13話『Just chilling with a friend』親友との時間 - 終 -




