4 自転車置き場にメイドさん
バイトが終わり、俺はバスに乗って御撫町へ向かった。
そしてバスの中で岩山店長にもらったイヤリングを取り出し、それを掌に乗せて眺めていた。
さて、これ、誰にあげよう?
岩山店長には悪いけど、実際俺が持っていてもしょうがないしな。
本坂先輩は誰か気になる女の子にプレゼントすればいいって言ってたけど、そんな子別に居ねぇしなぁ。
・・・・・・まあとりあえず、沢凪荘の(・)誰か(・)に(・)あげる事にしよう。
うん、そうしよう。
と、一人で納得した頃、バスは御撫町のバス停に到着した。
外はすっかり暗くなっていた。俺はバスから降り、近くの自転車置き場に向かった。
すると、その時だった。
「しくしく、しくしく・・・・・・」
自転車置き場から、何やら女の子がしくしく泣く声が聞こえてきた。
こんな夜中に一体誰だ?
まさか幽霊って事はないよな?
俺はちょっとびくびくしながら自転車置き場に足を踏み入れた。
すると奥の方で、しゃがみ込んで背中を丸めた人影が見えた。
「しくしくしく、しくしくしく・・・・・・」
どうやらその泣き声は、その人影のものらしかった。
俺はその人影に、ゆっくりした足取りで近づいて行った。
この辺は明りが少ないので視界は極めて悪かったが、近くまで歩み寄ると、その人影の姿が段々と見えてきた。
そしてその姿を見た俺は、「おや?」と思った。
暗いのでハッキリとは分からないが、その人物は小柄な女の子だった。
背中まである髪を後ろでひとつに三つ編みにしている。
そして服装は黒っぽいブラウスとスカートに、フリルのついた白いエプロン。
そして頭にはこれまたフリルのついたカチューシャを着けている。
これじゃあまるでメイドさんみたいだけど、何でこんな田舎の自転車置き場で、メイドさんがしゃがみこんで泣いているんだ?
まさかメイドさんの幽霊とか?
でも足はあるみたいだしなぁ。
ここは声をかけた方がいいんだろうか?
「しくしくしく、しくしくしく・・・・・・」
泣き続ける女の子。
何だかこのままほっとくのも可愛そうな気がするので、俺は思い切って声をかける事にした。
「あのぉ、どうかしたんですか?何でこんな所で泣いているんですか?」
すると彼女はピタッと泣きやみ、ゆっくりと俺の方へ振り向いた。
彼女はくりっとしたつぶらな瞳をした、なかなか可愛い女の子だった。
歳は俺よりも下っぽい。
もうずっと泣いていたのかして、目は真っ赤で顔もむくんでいた。
俺はそんな彼女に改めて尋ねた。
「あの、一体どうしたんですか?」
しかし彼女は瞳に涙をためたままうつむいて口をつぐんだ。
俺は尚も尋ねる。
「えーと、もう夜中だし、こんな所に一人で居ると危ないですよ?」
「・・・・・・」
「もしかして、帰り道が分からないんですか?」
「・・・・・・」
「それとも、目的地への行き方が分からないとか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
う~む、頑なに口を開こうとしない。
警戒されてんのかな?
それとも単に人見知りなだけか?
どっちにしろ彼女が何も言わないんじゃ、俺はどうする事もできない。
ここは下手に構わず立ち去る方がいいか。
そう考えた俺は、踵を返して立ち去ろうとした。
と、その時だった。
ぐぅ~・・・・・・。
低くて鈍い腹の虫の音が、辺り一帯に響いた。
ちなみにこの腹の虫は俺のモノではない。
と、いう事は・・・・。
俺はその場で立ち止まり、再び彼女の方へ向き直った。
すると彼女はさっきより五割増しくらいで顔を真っ赤にし、至極恥ずかしそうに身を縮めていた。
何か、聞いてはいけないものを聞いてしまった気分だ。
これは早々に立ち去った方がいいか?
でも何かお腹空いてるみたいだしなぁ。
と思った俺は、右手に『ファミレスニューハーフ』のロゴが入った白い箱を持っている事に気付いた。
この中には、ニューハーフ特製のケーキが四切れ入っている。
いつもお店で出すケーキが何切れか余るので、時々それをもらって来るのだ。
本来なら沢凪荘の皆へのおみやげにするつもりだったけど、この子にあげてもバチは当たらないよな?
そう思った俺は、ニューハーフのケーキが入った箱を彼女の前に差し出し、下手な愛想笑いを浮かべてこう言った。
「あの、これ、俺のバイト先でもらってきたケーキなんですけど、よかったら食べます?」
それに対して彼女は、首をブンブン横に振った。しかし。
ぐぅ~・・・・・・。
彼女の遠慮する意思表示に対し、胃袋は無遠慮に腹の虫を響かせ、彼女は再び恥ずかしそうに身を縮めた。
何か、色んな意味で不憫に思えてきたぞ。
なので俺はさっきよりも少し語気を強くして言った。
「遠慮しないでどうぞ。このままじゃあ元気も出ないでしょうし」
すると彼女はその場に正座をし、両手でキチンと三つ指をつき、深深と俺にお辞儀をした。
こ、これはどういう事なんだろう?
予期せぬ彼女の行動に、俺は一瞬パニックになった。
すると彼女はゆっくりと俺に両手を差し出し、それを見た俺はようやく彼女の意図を理解した。
ありがたくいただきますって事ね。