7 豹変(ひょうへん)する二人
「わ、わ、目を覚ました!え、え~と、私の事が分かりますか?」
「え?おねえちゃん、だれ?」
本坂先輩の言葉に、田宮先輩、否、涼ちゃん(・・・)は、そう言って首をかしげた。
「も、もしかして、人格が入れ替わったの?」
「ええ、どうやらそうみたいですね」
尾田先輩の問いかけに俺がそう答えると、尾田先輩は
「へぇ~っ、そうなんだ~」
と嬉しそうな声を上げながら、涼ちゃんの元へ歩み寄った。
「お、おねえちゃんたち、だれなの?」
いきなり見知らぬ女子二人に囲まれ、不安そうな顔をする涼ちゃん。
そんな涼ちゃんに、本坂先輩は優しい笑顔で言った。
「私の名前は本坂夕香奈。で、こっちのお姉ちゃんが尾田清子。
私達、あなたとお友達になりたいんです。よかったら、お名前を教えてもらえませんか?」
すると涼ちゃんはおずおずとした口調で言った。
「涼、だよ」
「あ~っ、可愛いわねぇもう!」
やにわにそう言って涼ちゃんに抱きついたのは尾田先輩だった。
そして普段では絶対に見せないようなデレデレした顔つきになってこう続けた。
「何かいつものお涼と全然違う!無防備であどけない感じがたまんない!」
いやいや、尾田先輩もいつもと全然違う感じになってますよ。
まさかこの人にこんな一面があったとは。
実は田宮先輩の事がメチャクチャ好きなんだな。
と思いながら眺めていると、本坂先輩が涼ちゃんの頭をなでながら言った。
「本当に涼ちゃんは可愛いですねぇ。可愛すぎて食べちゃいたいくらい♡」
どうやら本坂先輩も相当涼ちゃんの事が気に入ったようだ。
顔はいつも通りにこやかだが、頬のお肉が完全にゆるみきっている。
するとそんな中、涼ちゃんは俺の姿に気づいて声を上げた。
「あっ!おにいちゃんだ!」
そして涼ちゃんはスクッと立ち上がり、俺の元に駆け寄ってきた。
「ねぇねぇおにいちゃん!また涼とあそぼうよ!」
そう言って無邪気な笑顔を見せる涼ちゃん。
と、その時、涼ちゃんの背後からドス黒いオーラが湧きあがって来るのがハッキリと見えた。
ちなみにそのオーラを放っているのは、尾田先輩と本坂先輩だった。
「ひぃっ⁉」
そのドス黒いオーラに思わずたじろぐ俺。
すると尾田先輩がゆらりと立ち上がり、殺意がこもった妖しい笑みを浮かべて俺に言った。
「稲橋君?今は私と夕香奈が涼ちゃんと仲良くなろうとしてたのに、どうしてそれを邪魔するの?」
「ええっ⁉ち、違いますよ!今のは涼ちゃんが俺の方に駆け寄って来たんじゃないですか!」
俺は慌てて弁解したが、本坂先輩が優しい笑みを浮かべながらも、頬のお肉をピクピクひきつらせながらこう続けた。
「稲橋君はそうまでして涼ちゃんをひとり占めしたいんですか?どうなんですか?」
「とっ!とんでもないですよ!
俺は涼ちゃんをひとり占めするつもりなんかこれっぽっちもありませんから!いやホントに!」
俺は必死にそう訴えるが、二人は全く聞き入れてくれる様子がない。
ていうかメチャクチャ怖いよこの二人!
顔は笑ってるけど、その内面のドス黒い殺気が俺にビシビシ伝わってくる!
ま、まさかこの二人がこんな状態になってしまうとは!
恐るべし涼ちゃん!
するとそんな二人の殺気を涼ちゃんも感じたのか、
「あのお姉ちゃん達、何だか怖いよぅ・・・・・・」
と言って、俺の背後に隠れた。
それを見た尾田先輩は俺の方に歩み寄りながら言った。
「どうやら君は、涼ちゃんを私達に渡したくないみたいね」
そして本坂先輩もこちらに歩み寄りながらこう続ける。
「稲橋君ひどいです。どうして涼ちゃんをひとり占めしようとするんですか?」
ダメだ、この二人は完全に正気を失っている。
しかも御撫高校最強にして最凶かつ最恐のこの二人を止める術を、あいにく俺は持ち合わせていない。
かといって大人しく今の二人に涼ちゃんを差し出すのは危険な気がする。
となると、この状況でとるべき行動はただひとつ。
涼ちゃんをつれて、逃げる!




