5 尾田先輩はあっさり理解した
「へぇ、あのお涼が九歳の人格にねぇ」
屋上のフェンス際にあるベンチに移動し、俺からの説明を一通り聞いた尾田先輩は、
それを疑うでもなく、驚くでもなくそう言った。
それに対して俺はにわかに冷や汗をかきながらこう返す。
「あの、あんまり驚かないんですね。それに全然疑う様子もないし」
「まあ驚かないと言うより、ピンとこないと言った方が正確ね。
でもそれが本当なら、稲橋君の説明は筋が通るし、さっきお涼が稲橋君とは今日が初対面だって言った事も納得できるわ。
つまり君が今までに会ったお涼は九歳の人格であって、
本来の人格のお涼と会ったのは今日が初めてという訳ね?」
「は、はい、そういう事です」
俺の簡単な説明だけでこれだけ完璧に状況を把握するあたり、流石は尾田先輩だな。
感心したついでに、今度は俺が尾田先輩に色々聞いてみる事にした。
「あの、流石の尾田先輩もこの事は知らなかったんですか?」
それに対して尾田先輩は、肩をすくめてこう返す。
「知らなかったわ。私はお涼と中学の頃から知り合いだけど、
私の前で九歳の人格になった事はなかったし、
周りの人からそんな話を聞いた事もなかったわ」
「じゃああれは、最近になって現れた症状なんですかね?」
「それは分からないけど、つまりはそれって二重人格って事よね?
そういうのになる人って、子供のころに何か辛い体験をしてるって言うじゃない?
お涼もそのクチじゃないかしら?」
「そういう方面では何か心当たりあります?」
「そうねぇ、強いて言うなら、あの子が九歳の時に、お父さんを亡くしている事かしら」
「えっ⁉そうなんですか⁉」
「ええ。あの子はその事についてあまり話さないから、詳しくは知らないんだけどね」
「尾田先輩にしては珍しいですね。どんな事でも徹底的に調べつくすのがモットーなのに」
「君は私の事を何だと思ってるの?
私は人が知られたら嫌がるようなプライベートな事までは、詮索したりしないわよ」
それは嘘だ。絶対嘘だ。
「何か言いたそうね?」
「いえ、何も。とにかくそういう事なら、田宮先輩が時々九歳の人格に変わるのは、その時に亡くしたお父さんが原因なのかもしれませんね。
最愛のお父さんを亡くした悲しみから逃れるために、違う人格が形成された。
こんなところですかね?」
「そうね。でもまあ、この事についてはこれ以上調べるつもりはないわ。
あの子は私の大切な友達だからね」
「そうですか。じゃあこの話はこれで終わりという事で。俺は、教室に戻りますね」
俺はそう言い、ベンチから立ってさっさとその場から立ち去ろうとした。すると、
「待って」
と、尾田先輩が俺の制服をガシッと掴んだ。
「な、何ですか?話はもうこれで終わりでしょう?」
恐る恐る振り返りながらそう言うと、尾田先輩は何やらよからぬ事を思いついたような笑みを浮かべて言った。
「いいえ、終わってないわ。念のためにちゃんと、確かめておかないと」
「へ?確かめるって、何を?」
俺が目を丸くして尋ねると、尾田先輩はニヤリと笑ってこう続けた。
「お涼が本当に、九歳の人格に変わるのかどうかをよ」




