3 店長からの贈り物
「フフフ、それは大変でしたね」
その日の夜、バイト先の『ファミレスニューハーフ』で、俺が今朝の出来事を本坂夕香奈先輩に話すと、先輩はおかしそうにクスクス笑ってそう言った。
今の時間はお客が一通り片付いたので、俺は休憩室で本坂先輩と話をしていた。
今日は幸い美鈴が休みなので、遠慮なく本坂先輩と話ができる。
そんな中、俺はげんなりしながら本坂先輩にこう続けた。
「全くですよ。美鈴の奴は相変わらずヒステリックで暴力的だし、矢代先輩はイタズラ好きでどうしようもないし、沙穂さんはいつもエロい妄想ばっかりしてる。こんな人達と一緒に暮らしていたら、神経がすり減ってしょうがないですよ」
「でも稲橋君の話を聞く限りでは、沢凪荘での生活はとても楽しそうに思えますけど」
そう言って天使のような笑みを浮かべる本坂先輩。
う~む、この人も沢凪荘の住人だったら、俺の沢凪荘での生活もさぞかし楽しくなるだろうに。
と、シミジミ思っていると、ファミレスニューハーフの店長であり、自分自身もニューハーフである岩山鉄五郎店長が現れて言った。
「沙穂ちゃんは相変わらず元気にやっているみたいね」
「あ、はい。相変わらずエロイ妄想ばっかりしてますけど」と俺。
そういえば岩山店長と沙穂さんは以前から知り合いみたいだけど、一体どういう関係なんだろう?
前からちょっと気になっていた俺は、良い機会なので聞いてみる事にした。
「ところで岩山店長と沙穂さんって、一体どういう知り合いなんですか?」
「私と沙穂ちゃんはね、以前職場が同じだったの」
「へ?同じ職場って、もしかして沙穂さんがメイドをしていた時の?」
俺が目を丸くしながらそう尋ねると、岩山店長はウインクをしながら答えた。
「そうよ♡沙穂ちゃんがメイドをしていたころ、私は同じお屋敷で執事をしていたの」
「そ、そうだったんですか」
「でも本当は私も沙穂ちゃんみたいにメイドさんになりたかったんだけどね。
執事じゃないと雇わないって言われて」
「まあ、一般的に考えたらそうでしょうね・・・・・・」
「つい三年程前の事だけど、あの頃が懐かしいわ。
その時お仕えしていたご主人様の一人息子がとっても可愛くてね。
あのころの私は彼に夢中だったの」
「岩山店長はその当時からそういう趣味だったんですね」
「あ!でも今の私は聖吾君一筋だから安心して♡」
「いや、むしろ不安になります」
「そうだ!実は私、聖吾君にプレゼントがあったのよ!」
岩山店長はそう言うと、スラックスのポケットから小さな箱を取り出した。
その箱は指輪を入れるケースくらいの大きさだった。
形もそんな感じだ。
「はい、これを聖吾君に上げる♡」
岩山店長はそう言ってその箱を俺に差し出す。
それを受け取った俺は、眉をひそめて尋ねた。
「何ですかこれ?」
「ウフフ、開けてみて♡」
岩山店長にそう言われて開けてみるとそこに、雫の形をした飾りが付いた、シルバーのイヤリングが入っていた。
「わあ、可愛い」
そう声を上げる本坂先輩。
すると岩山店長は、
「そうでしょう?何せ私のお気に入りだからね」
と自慢げに胸を張った。
その岩山店長に俺は続けて尋ねる。
「でも、何で俺にこれを?」
それに対して岩山店長は、妙に体をくねくねさせながら言った。
「この前家のお掃除をしていたら出てきたの。
これは私が執事をしていたころに、ある大切な方にいただいた物でね」
「そんな大切な物をどうして俺にくれるんですか?」
「今の私にはもう必要のない物だからよ。だから私のフィアンセであるあなたに受け取って欲しいの」
「いつから俺は店長のフィアンセになりました?」
「受け取って、くれるわよね?」
「いやいやいらないですよ!俺は店長のフィアンセじゃないし、そもそもこういうアクセサリーは女性が付けるモンでしょうが!」
「そんな事ないわよ。稲橋君は可愛い顔をしてるから、きっとこういうのも似合うと思うわ」
「そんな事ないですって!」
必死に訴える俺。
すると本坂先輩がニッコリほほ笑んで口を挟んだ。
「私も稲橋君によく似合うと思いますよ、そのイヤリング」
「本坂先輩まで・・・・・・」
俺がげんなりしながらそう言うと、本坂先輩は小声で俺に耳打ちをした。
「自分で付けるのが嫌なら、気になる女の子にでもプレゼントすればいいんですよ」
「うーん・・・・・・」
本坂先輩の言葉に腕組みをして考え込む俺。
確かにこの状況は、俺がこのイヤリングを受け取るしかないという雰囲気だ。
しかし気になる女の子にプレゼントするって言っても、一体誰にあげりゃあいいんだ?
理想を言うと本坂先輩にプレゼントしたいところだけど、流石にそんな度胸はないし。
とか考えていると、岩山店長が眉をひそめながら言った。
「何よっ、二人して私の前で内緒話なんて。私に聞かれちゃマズイ事なの?」
「そ、そんな事ないですよ!今のは全然関係ない話ですから!
それより、このイヤリングはありがたく頂きます!」
俺が咄嗟にそう言うと、岩山店長は一転してご機嫌な表情になってこう続けた。
「もらってくれるのね、嬉しいわ♡私の分身だと思って大切にしてね♡」
「わ、分かりました・・・・・・」
俺はひきつった笑みを浮かべながら頷いた。
そして店長には悪いけど、これは尚更早いところ誰かにあげようと思ったのだった。