8 お詫びの印
「は、浜野さん⁉いつからそこに⁉」
俺が驚きの声を上げると、浜野さんは泣きじゃくりながら答えた。
「うぅっ、沙穂さんと一緒にここまで来たんですぅ・・・・・・」
そうだったのか。岩山店長と鏡先生の決闘に気を取られて全然気付かなかった。
するとそんな浜野さんに理奈が声を荒げる。
「浜野っ!帰るわよ!」
その声に浜野さんの背筋が反射的に伸びた。
「は、はいっ!・・・・・・あの、もうよろしいのですか?」
「いいのよ。私の用事はもう済んだし、大人しく帰るわ」
理奈はそう言って沙穂さんの方に向き直り、ぶっきらぼうにこう続けた。
「まったく、孝をフるなんて一体何様のつもりなの?
あと三年もすれば、私はあなたよりずっと美人になるし、内面だって魅力的になるんだからね!
その時までこの勝負はお預けにしといてあげるわ!」
一体何の勝負なんだ?
と疑問に思っていると、沙穂さんはニッコリと笑って、
「はい♡」
と答えた。
すると理奈は俺に、一枚の紙切れを差し出した。
「ん?何だよこれ?」
俺が目を丸くして尋ねると、理奈はいつものぶっきらぼうな口調で言った。
「これは今回あなた達を面倒な事に巻き込んだお詫びよ。
この紙に私の携帯番号とメールアドレスが書いてあるわ」
「へ?これがお詫びの印?」
俺がその紙切れを受け取りながら首をかしげると、理奈は怒った様子でこう続けた。
「何よそのマヌケな反応は⁉
この私の携帯番号とメールアドレスを手に入れたのよ⁉
もっと馬鹿みたいに喜んだらどうなの⁉」
「でも、これを俺に渡してどうするんだよ?」
「あなたはどこまで間が抜けているの⁉
私の携帯番号とメールアドレスを手に入れたんだから、電話するなりメールを送るなりしてもいいって言ってるのよ!
ついでにあのボロアパートの住人にもそれを教えてもいいわよ!」
「・・・・・・」
俺は何故こいつに怒られているんだろう?
っていうかさっきから言ってる事がメチャクチャじゃねぇか?
と思いながら言葉を失っていると、傍らの浜野さんが苦笑しながら俺に言った。
「要するにお嬢様は、沢凪荘の皆さんとお友達になりたいんですよ」
「ああ、なるほどね」
俺がそう言って納得すると、理奈は顔を真っ赤にして声を荒げた。
「なっ⁉べ、べ、別にそんなんじゃないわよ!
私はあなた達と友達になりたい訳じゃないんだからね!」
「あ~分かった分かった。分かったからそんなに怒るなよぉ」
「別に怒ってなんかないわよ!」
こいつも相当素直じゃねぇな。
変にプライドが高い分、美鈴より素直じゃねぇかも。
そう思いながら心の中で苦笑していると、理奈はひとつ息をついて言った。
「それじゃあ私達はもう帰るわ。浜野、行くわよ」
「はい、理奈お嬢様」
そして理奈が立ち去ろうとした時、その背中に孝さんが声をかけた。
「なぁ、理奈」
「何よ?」
その場で立ち止まり、背中を向けたまま聞き返す理奈。
そんな理奈に孝さんは、ニカッと笑ってこう言った。
「三年後、お前に見合うような男になれるよう、僕も頑張るよ」
「・・・・・・フンだ」
理奈は素っ気なくそう答え、そのまま河原を後にした。




