7 片想いの結末
そしてその時初めて、それが愛の雫が入った箱だという事に気が付いた。
そうか、形はどうあれ、これでようやく孝さんの元に愛の雫が戻ってきた訳だ。
さて、孝さんはその愛の雫をどうするつもりだろう?
ちょうどここに沙穂さんも居るし、そのままここで告白しちゃうのか?
でも理奈の手前、それはちょっとできないか。
とか考えていると、理奈は孝さんをまっすぐに見据えてこう言った。
「ほら、これでちゃんと沙穂に想いを伝えられるでしょ?」
「えっ?」
驚きの声を上げる孝さん。
そして目を丸くしてこう続けた。
「理奈、いいのか?」
孝さんも理奈の気持ちは重々分かっているのだろう。
そんな孝さんに、理奈は語気を強くして言った。
「いいも何も、これは孝の問題じゃないの。
あなたはこの三年間、ずっと沙穂に気持ちを伝えたかったんでしょ?
それをちゃんと伝えられる日が、やっと来たんじゃない」
「いや、確かにそうなんだけど、お前は、それでいいのか?」
「だから、私にいちいちそんな事聞かなくてもいいんだってば!
今大切なのはあなたの気持ちでしょ!」
「理奈・・・・・・」
理奈のその言葉に、孝さんはそう呟いてうつむく。
暗いのでハッキリとは分からないが、理奈の瞳には涙があふれているように見えた。
少し間を置いて、孝さんは顔をあげて
「すまない、理奈」
と呟き、理奈から愛の雫を受け取った。
そしてそのまま沙穂さんの目の前に歩み寄り、愛の雫を差し出してこう言った。
「沙穂さん、僕はずっと、あなたの事が好きでした(・・・)。
だからこのイヤリングを、受け取ってもらえませんか?」
さあ、沙穂さんはこの三年越しの告白にどういう返事をするのだろう?
他人事とはいえ、掌に汗がにじみ出てきた。
そんな中沙穂さんは、
驚くでもなく、
取り乱すでもなく、
いつもと変わらぬ朗らかな笑みでこう答えた。
「申し訳ありませんが、それは受け取れません」
そして深深と孝さんに頭を下げる沙穂さん。
これはつまり、沙穂さんは孝さんの告白を断ったという事。
するとその言葉を聞いて最初に声を上げたのは理奈だった。
「ちょっと!それどういう事よ⁉」
理奈はそう言って沙穂さんの元に歩み寄り、怒りをあらわにしてこう続けた。
「孝はあなたの事が本気で好きなのよ⁉
あなたが王本の屋敷を出て行ってからも、孝はあなたの事を一途に想い続けていた!
その想いをそんなに簡単にはねつけるなんて、あなた一体何様のつもりよ⁉」
「理奈、やめろ。もういいんだ」
孝さんはそう言ったが、理奈は構わずこう続けた。
「よくなんかないわよ!
孝は沙穂の事が好きで・・・・・・
私だって孝の事・・・・・・
なのに、なのにこんな事って・・・・・・
これじゃあ私が馬鹿みたいじゃないのよぉっ!」
理奈は力の限り叫んだ。
そしてその瞳からは大粒の涙があふれ出し、それが真っ赤な頬をつたって地面に何滴も滴り落ちた。
するとそんな理奈の頭に孝さんがポンと右手を置いて言った。
「お前は馬鹿じゃないよ。全然馬鹿じゃない」
「そんななぐさめいらないわよ。
もう、私の事はほっといて・・・・・・」
そう言って泣きじゃくる理奈。
すると孝さんはおもむろに、左手に持っていた愛の雫を理奈の前に差し出した。
それを見た理奈は孝さんの方を見て言った。
「何、これ。どういうつもり?」
それに対して孝さんは、右手で頭をポリポリかきながら言った。
「いやあ、実はついさっき、沙穂さんにこれを渡そうとしたら断られちゃってさ、
よかったらこれ、お前が預かっていてくれないか?」
「は?はぁっ⁉何で私がこれを預からなくちゃいけないのよ⁉
それにあなた、沙穂の事をそんなにあっさり諦めていいの⁉」
「いいんだよ。告白はちゃんとしたし、それでフラれたんなら悔いはない。
むしろ今までの三年間のモヤモヤがスッキリしたよ」
そう言った孝さんの表情には、ある種の達成感のような雰囲気が漂っていた。
この人は最初から、沙穂さんにフラれる事を覚悟していたのかもしれない。
そんな孝さんの言葉を聞いた理奈は、一転してしおらしい口調になって言った。
「だ、だからって、すぐさま私に愛の雫を渡すのはムシが良すぎるんじゃない?
それじゃあ私、完全に沙穂の後釜って事じゃないの」
「だから、渡すんじゃなくて預ける(・・・)んだよ。
また今回みたいに無くしてしまうと、大変だからな」
耳が痛いです・・・・・・。
「それでもう三年経った時、愛の雫を俺に返すかどうかは、お前が決めてくれ。それでいいだろ?」
それってつまり、三年後にプロポーズの答えを聞かせてくれって言ってるようなもんだよな?
するとそれを聞いた理奈は、孝さんの手から愛の雫を受け取りながらこう言った。
「フンッ。あと三年もすれば、私は沙穂なんかよりずっといい女になってるんだから」
「そうか、それは楽しみだな」
孝さんはそう言ってニッコリ笑い、理奈の頭を優しくなでた。
理奈はそれが嬉しいような悔しいような、何とも複雑な表情を浮かべてうつむいた。
「ウフフ♡これで一件落着ね♡」
沙穂さんが嬉々(きき)とした表情で言った。
するとその背後から、
「うぅっ、本当に良かったですね理奈お嬢様・・・・・・」
と言いながら泣きじゃくる浜野さんが現れた。
 




