12 孝が来た
「えっ⁉孝が⁉」
驚きの声を上げる理奈。
そして慌てて目元の涙を袖で拭った。
それにしてもまさかここに孝さんがやって来るとは。
小宵ちゃんがなかなか戻らないから、自分でこの場所を突き止めてやって来たというところか。
そんな風に考えていると、本坂先輩の背後から孝さんが現れた。
「それでは、私は仕事に戻りますので」
本坂先輩がそう言って店の中へ戻って行くと、孝さんは店長室の中に足を踏み入れた。
そして最初に目があった俺に声をかけてきた。
「やあ、君はこの前の。
小宵がなかなか愛の雫を持って戻らないから、直接ここまで来てしまったよ」
「そ、そうなんですか」
そう言ってひきつった笑みを浮かべる俺。
やっぱり、愛の雫が目的でしたか。
さて、どうしよう?
と思いながら冷や汗を流していると、孝さんは理奈の方に振り向いて言った。
「理奈、どうしてお前がここに居るんだ?」
すると理奈はいつものぶっきらぼうな口調でこう返す。
「たまたま近くまで来たからちょっと立ち寄っただけよ。何か文句ある?」
もはや全く筋の通らない言い訳だったが、理奈の妙に迫力のある雰囲気に気圧され、孝さんは
「そ、そうか」
と首をひねりながらも納得した。
そしてひとつ咳払いをし、至極真面目な顔で岩山店長に言った。
「久し振りだな、岩山」
「そうですね。私と孝おぼっちゃまが口づけを交わして以来ですね」
「あれはお前が無理やり僕にしたんだろうが!あの事はもう忘れろ!
それより、どうして僕がわざわざお前に会いに来たのか、理由は分かるな?」
「もちろんですわ。私とより(・・)を戻しに来たのですわよね?」
「全然分かってないじゃないか!しかも僕とお前は元々恋人同士でも何でもないだろ!
そうじゃなくて、僕はお前から愛の雫を取り戻しに来たんだ!」
「愛の雫を、返して欲しいと?」
「そうだ!そもそもあれは沙穂さんに渡してくれとお前に頼んだのに、どうして渡してくれなかったんだ⁉」
「孝おぼっちゃま、甘えてはいけませんよ。
自分が惚れた女性にプレゼントを渡すのに、どうして第三者にそれを頼むのですか?
そういう事はご自分でなさるべきだと思います」
「ぐっ・・・・・・それは確かにそうだが、それなら三年前もそう言って断ればよかったじゃないか!」
「あの時は、孝おぼっちゃまが私の想いを踏みにじった仕返しをしてやろうと思って♡」
「何て奴だお前は!」
「魔性の女ですから♡」
「お前は男だろ!とにかく!今すぐ愛の雫を返してもらおう!」
「やだぴょん♡」
「や、やだぴょん⁉馬鹿にしてるのかお前は!」
「だってぇ~、あれはもう、私の愛する人にプレゼントしちゃったので♡」
「は?はぁああああっ⁉何をやってるんだお前は⁉
沙穂さん以外の無関係な人間に渡すとはどういう了見だ⁉」
「私、今はその人に夢中なんです。だから孝おぼっちゃまとはもう、恋人同士には戻れません」
「だから元々恋人同士じゃないだろ!で、お前が愛の雫を渡した相手というのは誰なんだ⁉」
「イヤ~ン♡そんな事聞いてどうするんですか?」
「取り戻すんだよ!」
「そんな事言ってぇ、ヒューヒューって私を冷やかすつもりなんでしょう?キャッ♡」
「キャッ♡じゃねぇよ!お前を冷やかすつもりなんて毛頭ねぇよ!
とにかくお前が愛の雫を渡した相手を出せっつってんだよコラァッ!」
孝さんはブチ切れた口調でそう叫ぶと、岩山店長の胸ぐらを掴み上げた。
ハンサムでクールなイメージの孝さんがあんなに怒り狂うとは。
まあ怒る気持ちは痛い程良く分かるけど。
すると岩山店長はにわかに頬を赤く染めながら言った。
「そこまでおっしゃるなら教えて差し上げますわ。
私が今夢中になっているのは、そこに居る彼です♡」
岩山店長はそう言って、俺の方を指さした。
「お前かぁあっ!」




