14 理奈の要件
今、沢凪荘の食堂には、妙に緊迫した空気が漂っていた。
その原因は、つい先ほど沢凪荘にやって来た二人の人物。
理奈と呼ばれたいささか性格に問題がある女の子と、その付き人の男だ。
この二人が食堂のちゃぶ台の前に並んで座り、その正面に沙穂さんと俺が対峙している。
それ以外の面々は台所にそそくさと避難し、そこからこっそりとこちらの様子を見守っていた。
出来れば俺もそっちに避難したかったが、
『聖吾君はこっち♡』
と沙穂さんに言われてここに座らされてしまった。
さて、今から一体何が始まるんだ?
そもそもこの二人は何者なんだ?
そんな中沙穂さんは、この緊迫感とはおよそ無縁な朗らかな笑みで前の二人に言った。
「遠路はるばるお疲れになったでしょう。とりあえずお茶をどうぞ」
すると二人は目の前の湯飲みに入ったお茶を一口すすった。
「おお!これはとてもおいしい緑茶ですね!お茶の葉は何を使ってらっしゃるのですか?」
「フン、こんなの、淹れ方がいいだけの安物のお茶よ」
嬉々(きき)とした声を上げる男に、理奈がにべもなく答える。
これは一応沙穂さんの事を褒めているんだろうか?
それとも安物のお茶をけなしているだけだろうか?
そんな中沙穂さんは、朗らかな笑みのまま俺に言った。
「聖吾君、こちらのお二人はね、王本家と昔から親交の深い、
海亜グループの次女の理奈お嬢様と、その付き人をしている浜野弘太さん。
王本のお屋敷に勤めていた頃、何度かお会いした事があるの。
ちなみにこの理奈お嬢様は、孝おぼっちゃまの許嫁なの」
「へぇ~」
と俺。
やっぱりこの理奈って子は金持ちのお嬢様だったのか。
しかも彼女が孝さんの許嫁だったとは。
とか思っていると、執事の浜野さんが顔を赤くしながら沙穂さんに言った。
「ど、どうも浜野です!あ、あの、私、尊敬する沙穂さんにまたお会いできて感激です!」
「あら、そんな風に言っていただけるなんて光栄です♡」
沙穂さんがニコっとほほ笑んでそう言うと、浜野さんは一層顔を赤くしてうつむいた。
どうやらこの人も沙穂さんにホの字のご様子。
しかしそんな事はお構いなしに、理奈は鋭く沙穂さんを睨んで言った。
「そんな事はどうでもいいの。私はあなたに話があってここに来たのよ」
「まあ、そうだったんですか。海亜グループのお嬢様が、私なんかに何のお話でしょうか?」
至って穏やかな口調で尋ねる沙穂さん。
すると理奈は、一層鋭く沙穂さんを睨んでこう言った。
「もう、孝をたぶらかすのはやめてもらえないかしら?」
それに対して沙穂さんは、穏やかな口調のままこう返す。
「たぶらかす?私がいつ、孝おぼっちゃまをたぶらかしましたか?」
「あなたが王本の屋敷で働いていた時よ。あなたのせいで孝は、おかしくなっちゃったんだからね」
「それは誤解です理奈お嬢様。私が孝おぼっちゃまをたぶらかした事は一切ありませんし、そもそも孝おぼっちゃまは、理奈お嬢様の許嫁ではありませんか」
「しらばっくれないで!」
理奈はそう叫ぶと同時にバン!とちゃぶ台を両手で叩く。
その迫力に俺と浜野さんは思わずビクッとなった。
しかし沙穂さんは全く意に介さない様子でこう返す。
「しらばっくれてなどいませんよ、理奈お嬢様」
すると理奈はバッと立ち上がり、沙穂さんに右手を差し出して言った。
「返して」
「返す?何をです?」
「とぼけないで!愛の雫よ!あなたが孝からかすめ取ったんでしょ!」
「とんでもない。私はそんな事していませんよ」
「嘘おっしゃい!孝は今愛の雫を持ってないのよ?
あなたが持ってないなら誰が持ってるって言うのよ!」
「ちょっと!いい加減にしなさいよあなた!」




