5 ない・・・・・・。
あのイヤリングは昨日学生鞄に入れてそのままになっていた。
結局昨日美鈴にあれを渡す事ができなかったんだけど、結果的にその方が良かった訳だ。
何しろ一千万円もする代物らしいしな。
そんな高価な物が俺の部屋にあると思うと、何だかゾッとするぞ。
そう思いながら俺は、勉強机の上に置いてある学生鞄をガパッと開けた。
そして中に入っている教科書やノートを取り出して行く。
それらを一通り取り出すと、カバンの中は空っぽになった。
ちなみに鞄から取り出した物の中に、愛の雫が入ったケースはなかった。
「・・・・・・あれ?」
思わず声を上げる俺。
そしてもう一度鞄の中を覗き込んでみる。
しかし、
「ない。愛の雫が、ない・・・・・・」
そう、ないのだ。
鞄の他のポケットも探してみたが、愛の雫は何処にも見当たらない。
制服のポケットにも手を突っ込んでみたが、そこにもない。
ない、ない、何処にも、ない。
ここで俺は、恐ろしい結論を出さざるを得なかった。
愛の雫を、無くしてしまった。
「ひぃいいっ!」
思わずムンクの『叫び』のポーズになる俺。
い、い、一千万するイヤリング、無くしちゃった・・・・・・。
「どうしよう・・・・・・」
俺はそう呟いてその場に跪く。
額から大粒の汗がにじみ出し、ポタポタと畳の上に落ちた。
ヤバイ、これはヤバイぞ。
消しゴムやキーホルダーを無くしたならまだいいけど、一千万円のイヤリングを無くしたなんてヤバ過ぎるだろ。
しかもアレは王本家に代々受け継がれてきた家宝だって言ってたし、代わりを用意できるような代物ではない。
これ、孝さんに何て言ったらいいんだ?
正直に話して許してもらえるものなんだろうか?
もし弁償しろなんて言われても、一千万なんて大金とても払えない。
となると、王本家の屋敷で一生タダ働き?
もしくはもっとひどい目に?
「そ、そんなの嫌だぁああっ!」
思わずそう叫び、俺は頭を抱える。
と、その時、美鈴が部屋の扉をノックしながら言った。
「ちょっと稲橋君?もう晩御飯の準備できてるわよ?食べないの?」
「み、美鈴ぅ~・・・・・・」
半泣きになりながら情けない声を上げる俺。
すると美鈴はガチャッと部屋の扉を開けた。
「一体どうしたのよ?って、何泣きそうになってるのよ?」
俺の顔を見て目を丸くする美鈴。
その美鈴に俺は力なくこう言った。
「愛の雫を、無くしちまった・・・・・・」
「ええっ⁉」
美鈴は驚きの声を上げたが、ハッと気づいて自分の口をふさいだ。
そして声をひそめてこう言った。
「愛の雫を無くしたって、それ本当なの?」
「こんな事で嘘をついてもしょうがねぇじゃねぇかよぉ・・・・・・」
「一体何処に置いてたのよ?」
「鞄の中に・・・・・・でも、見当たらなくて・・・・・・」
「何処か違う場所にしまってるんじゃないの?」
「それはねぇよ。確かに昨日の朝、この鞄に入れたんだ」
「じゃあ学校で落としたとか?」
「う、それはありえるかも・・・・・・」
俺が消え入るような声でそう言うと、美鈴は大きなため息をついてこう言った。
「仕方ないわねぇ。じゃあ明日学校で、私も一緒に探してあげるわよ」
「え?いいのか?」
「いいも何も、このままじゃあ大変な事になっちゃうでしょう?
一千万なんて大金どうやって弁償するのよ?」
「まあ、そうなんだけど、その、ありがとう。まさかお前が、そんなに親切にしてくれるなんて」
「なっ⁉」
俺の言葉に美鈴は顔を赤くし、急に語気を荒げてこう言った。
「べっ、別にあんたの為なんかじゃないわよ!あれがないと小宵ちゃんも困るんでしょ⁉
これは小宵ちゃんの為なんだからね!」
そしてプイッとそっぽを向く美鈴。
こんな時まで素直じゃないけど、イヤリング探しに協力してくれるのはありがたい。
何とか明日中に見つけねぇと。




