2 三年前の出来事
「失礼しま~す」
そう言って休憩室に入ると、女性物のファッション雑誌を読みながらコーヒーを飲む岩山店長が居た。
そして俺の姿を見るなり、
「あら♡聖吾君♡」
と言って立ち上がり、俺の元に駆け寄って来て抱きつこうとした。
「ふんがっ!」
俺は店長の肩と頭を押さえ、それをすんでのところで回避する。
しかし岩山店長は怯む事無くこう続けた。
「バイトが休みなのに来てくれて嬉しいわ♡よっぽど私に会いたかったのね♡」
「違いますよ!今日岩山店長に用があるのは、俺じゃなくてこの子です!」
店長の抱擁を何とか押し返しながら、俺は必死に訴える。
すると店長は抱きつこうとするのをやめて言った。
「あら、そのメイド服・・・・・・もしかしてあなたは、王本家のメイドさん?」
「は、はい。はじめまして、私は王本家でメイドを務める、水森小宵と申します」
小宵ちゃんは緊張した面持ちでそう言い、岩山店長にペコリとお辞儀をした。
それに対して店長はニッコリ笑ってこう返す。
「あらぁそうなのぉ。私は岩山鉄五郎。今はこのお店で店長をしているんだけど、以前はあなたと同じお屋敷で執事をしていたのよ♡」
「あ、はい。噂は色々と聞いております」
そう言ってぎこちない笑みを浮かべる小宵ちゃん。
その表情から、岩山店長の噂がロクなモンじゃない事は容易に想像できる。
そんな岩山店長は笑みを浮かべたまま続けた。
「それで、王本家のメイドであるあなたが、私に何の用かしら?」
「ええと、孝おぼっちゃまが三年前にあなた様にお預けになった、愛の雫という物を返していただきたくて参りました」
「ああ・・・・・・」
小宵ちゃんの言葉を聞いた岩山店長は、一転して表情を曇らせる。
そして天井を見上げながらこう言った。
「三年・・・・・もうあれから、そんなに経つのね・・・・・・」
「店長は孝さんに、愛の雫とかいう物を沙穂さんに渡すように頼まれたのに、それをずっとほったらかしにしていたそうじゃないですか。孝さん凄く怒ってましたよ?」
俺がそう言うと、岩山店長は悲しげな口調で俺に言った。
「彼に、孝おぼっちゃまに会って来たの?」
「はい。色々事情があって、今日はるばるあの人の屋敷まで行って来たんですよ」
「おぼっちゃまはお元気だった?」
「元気そうでした」
「イケメンだった?」
「まあ、男の俺から見ても男前だとは思いました」
「でも心配しないで!男は顔だけが全てじゃないのよ聖吾君!」
「そんな心配はしてませんよ!」
「つまるところ、どうして私が沙穂ちゃんに愛の雫を渡さなかったのか?
そして三年前に私と孝おぼっちゃまの間で何があったのかを聞きたい訳ね?」
「いえ、それはいいんで、とりあえず愛の雫を小宵ちゃんに渡してあげてください」
「そこまで聞きたいのなら、話さない訳にはいかないわね」
「聞きたいなんて一言も言ってませんけど⁉」
俺はそう叫んだが、岩山店長は構わず語り始めた。
「私が王本家の執事になったのは今から約三年前の事だった。
本当はメイドとして雇ってほしかったんだけど、執事としてじゃないと雇わないって言われて、
渋々(しぶしぶ)執事として雇ってもらう事にしたの」
「前にも言ってましたね」
「ここで衝撃の告白なんだけど、実は私、同性愛者なの」
「知ってますよ。第一巻から知ってますよ」
「しかも相手が異性愛者でも、構わずグイグイアプローチしちゃうような人間なのよ」
「それも肌身に染みて知ってます」
「そんな私は、王本家の跡取りである孝おぼっちゃまに恋をしてしまったの」
「孝さんもとんだ災難でしたね」
「当時おぼっちゃは十五歳。今の聖吾君と同じで、とってもキュートだけど、男らしさも兼ね備えた男の子だったわ」
「俺をそんな目で見ないでください」
「孝おぼっちゃまに恋をしてしまった私は、隙あらば彼を襲ってやろうと、ずっとその機会をうかがっていたの」
「あんたは野獣そのものですか」
「そんなある日、私は孝おぼっちゃまに裏庭に呼び出されたの。
とうとう私の想いが通じたんだと思って、私はルンルン気分で裏庭に行ったわ。
そしたら孝おぼっちゃまはそこで、私に愛の雫を差し出してこう言ったの」
「何て言ったんですか?」
「『これを沙穂さんに渡してください。そしてその返事を聞いて来てください』って。
愛の雫は、王本家の次期頭首になる人間が、将来の伴侶となる相手に送るプロポーズの証。
つまり孝おぼっちゃまは、その時メイドとして働いていた沙穂ちゃんを、将来の伴侶として選んだの」
「孝さんは本気で沙穂さんの事が好きだったんですね」
「だけどその時孝おぼっちゃまには、既に許嫁が居たのよ」
「それは孝さんも言ってましたね。もしその許嫁と結婚しなかったらどうなるんですか?」
「孝おぼっちゃまは、王本家を勘当されてしまうでしょうね」
「ええっ?それはまた随分厳しいですね」
「でも孝おぼっちゃまはそれを分かっていて尚、沙穂ちゃんに愛の雫を送ろうとした。
そこまで沙穂ちゃんの事を愛していたのね。
だから私はその時思ったの。
『この愛の雫は、絶対沙穂ちゃんには渡さないぞ』って」
「え?何でそうなるんですか?その話の流れだと、何としても愛の雫を沙穂さんに渡すんじゃないんですか?」
「だってそんな事をしてもし孝おぼっちゃまと沙穂ちゃんが結ばれちゃったら、私の孝おぼっちゃまに対する想いはどうなるの?」
「それは終わりでいいじゃないですか」
「その頃の私も孝おぼっちゃまの事を本気で愛していたのよ⁉
その恋路を自ら断つような真似が出来たと思う⁉」
「だから店長は、そのままずっと沙穂さんに愛の雫を渡さなかったんですか?」
「そうよ。孝おぼっちゃまには、
『愛の雫は渡したけど、返事はまだもらえない』って伝えたわ。
私って、ひどい女よね」
「いえ、男です」
「それから少ししてから、沙穂ちゃんは沢凪荘で管理人をする為に、王本の屋敷を出て行ったの。
孝おぼっちゃまの想いを知る事なく、ね」
「でも孝さんは、その時点で沙穂さんに片想いをしたままだったんですよね」
「そうなの。だから私はそんなおぼっちゃまの為に、ある行動に出たの」
「ある行動って?」
「私がおぼっちゃまの寝込みを襲って、彼の唇を奪った」
「ちょっとちょっとちょっと⁉何やってんすかあんた⁉何でそういう事になるんですか⁉」
「沙穂ちゃんの事をキレイサッパリ忘れさせてあげようと思って」
「心に深い傷を負わせただけでしょ!」
「その直後、彼は感動のあまりにえずいて(・・・・)いたわ」
「それは単に気持ち悪かったんでしょうが!」
「それから数日後、私はどういう訳が執事をクビになったの」
「当たり前だ!」
「これが三年前に私とおぼっちゃまの間で起こった、悲しい出来事よ」
「悲しいのは孝さんだけの気がしますけど」
「あ!でも安心してね!あの頃の私は孝おぼっちゃまに夢中だったけど、今は聖吾君一筋だから!」
「そんなモン全然嬉しくねーですよ!それより事情は大体分かったんで、早く愛の雫を返してください」
「えっ?」
俺の言葉に目を丸くする岩山店長。
俺は続けて言った。
「えっ?じゃないですよ。持ってるんでしょ?愛の雫。
まさか、無くしたとか言うんじゃないでしょうね?」
それに対して岩山店長は、目を丸くしたままこう言った。
「無くすも何も、それは今、聖吾君が持ってるじゃないの(・・・・・・・・・・・・・)」
「へ?」
その言葉に今度は俺が目を丸くする。そしてこう尋ねた。
「え?俺が持ってるって、どういう事です?」
それに対して岩山店長は、事もなげにこう答えた。
「この前あなたにイヤリングをプレゼントしたでしょう?あれが愛の雫よ」
「え?」
今度は目を点にする俺。そして、
「どぇええええっ⁉」




