13 愛の雫
「まったく、しょうがない奴らだな」
そう言ってため息をつく孝さん。
それにしても小宵ちゃんはよく扉の外の気配が分かったな。
見かけによらず勘が鋭いんだろうか?
と思っていると、小宵ちゃんはペコリとお辞儀をして言った。
「それでは私も、これで失礼します」
「いや、お前もここに居てくれ。お前ももう、無関係という訳でもないしな」
「・・・・・・分かりました」
孝さんの言葉に神妙に頷き、小宵ちゃんは扉をゆっくりと閉めた。
それを確認した俺は、改めて孝さんに尋ねる。
「それじゃあもう一度聞きますけど、あなたは沙穂さんに何を聞きたかったんです?」
すると孝さんは視線を床に落としながらこう言った。
「プロポーズの、返事だよ」
「へ?」
予期せぬ言葉に頓狂な声を上げる俺。
そして続けて尋ねた。
「え?プロポーズって、誰が?」
「僕が」
「誰に?」
「沙穂さんに」
「プロポーズを?」
「プロポーズをだ」
そ、そうか。
この人はプロポーズの返事を沙穂さんに聞きたかったのか。
っていう事は沙穂さんはその返事をずっと保留してたって事か?
でもあの時の沙穂さんは本当に何の事か分からないって感じだったけどなぁ。
プロポーズをされたんなら何年前の事でも忘れる事はねぇはずだし。
俺はとりあえず、言葉を続けた。
「へぇ、孝さんは沙穂さんの事が好きだったんですね。
それで思い切ってプロポーズをしたけど、その返事が未だにもらえないと」
しかし孝さんは首を横に振りながらこう答えた。
「いや、正確には少し違うんだ」
「え?どういう事です?」
「俺は直接沙穂さんにプロポーズをした訳じゃあないんだ」
「へ?じゃあ誰か代わりの人にプロポーズを頼んだんですか?」
「ああ。当時この屋敷で執事として働いていた、岩山鉄五郎という男に」
「えっ⁉岩山店長に⁉」
「ん?君は岩山鉄五郎を知っているのか?」
「あ、はい。俺のバイト先で店長をやってます」
「な、何だってぇっ⁉」
孝さんはそう言って立ち上がると、ガバッと俺の胸ぐらを掴んでこう続けた。
「あいつは!岩山は今何処で何をしてるんだ⁉」
「え?えぇと、俺が住んでるふたつ隣の町で、ファミレスの店長をやってます・・・・・・」
「くっ、そうか、奴は今、そんな所に居たのか」
「孝さんは、以前岩山店長と何かあったんですか?」
俺がそう尋ねると、孝さんはズズイッと俺に顔を近づけてこう続けた。
「あれは今から三年前の事だ。
僕はその頃メイドとしてこの屋敷で働いていた沙穂さんに片思いをしていた。
だけど僕には子供の頃から決められた許嫁が居て、
メイドである沙穂さんに恋心を抱くなんて事は、到底許される事じゃなかったんだ。
でも僕はどうしても彼女の事を諦める事ができなかった。
だから当時この屋敷で執事をしていた岩山に、
『この「愛の雫」を沙穂さんに渡してくれ』
と、こっそり頼んだんだ」
「愛の雫?何ですかそれは?」
「王本家に代々伝わる家宝さ。王本家の次期頭首は、それを将来の伴侶となる異性に渡す。
つまり愛の雫を渡す事が、王本家ではプロポーズを意味するんだ」
「そ、そうなんですか。で、その愛の雫ってどんな物なんですか?」
「それは言えない。何しろ値段にして一千万以上する代物だからね」
「でぇっ⁉い、一千万⁉そ、それを岩山店長に預けたんですか⁉」
「沙穂さんがプロポーズの事を知らないという事は、今も岩山が愛の雫を持っていると考えていい。
それが分かった今、すぐにでも岩山の手から愛の雫を取り戻さないと!」
「そ、そうですね。でもどうして岩山店長は、ちゃんと沙穂さんに愛の雫を渡してくれなかったんでしょうね?愛の雫をネコババしたのかな?」
「あるいはそうかもしれない。しかもあいつは、岩山は──────」
「まだ、何かあるんですか?」
「いや、アレの事は言いたくない。思い出したくもない!」
孝さんはそう叫ぶと、俺の胸ぐらから手を離して小宵ちゃんに言った。
「小宵、すまないがもう一度使いを頼まれてくれないか?岩山の所へ行って、愛の雫を取り返してくるんだ!」
「か、かしこまりました!」
小宵ちゃんが背筋をのばして頷くと、孝さんは俺にこう続けた。
「君は岩山の経営する店でアルバイトをしていると言ったな!
悪いが小宵を岩山の所まで連れて行ってやってくれないか⁉」
「ええ?まあ、別にいいですけど、あなたは一緒に行かないんですか?」
「僕は奴と顔も合わせたくないんだ!」
「そ、そうですか。で、岩山店長からその愛の雫とかいうのを取り戻した後はどうすればいいんです?
それをそのまま沙穂さんに渡せばいいんですか?」
「いや!そこまではしてくれなくていい!
今度はちゃんと僕自身の手で、愛の雫を沙穂さんに渡してプロポーズをしたい」
「分かりました。じゃあとりあえず俺は、小宵ちゃんを岩山店長の所へ連れて行けばいいんですね?」
「そうだ。部外者の君を巻き込んですまないと思うけど、この事は屋敷の者に知られるにはいかないんだ」
「別に構わないですよ。沙穂さんにはいつもお世話になってるし、お礼だってしてもらいましたから」
「お礼?」
「あ、いや、それはこっちの話です。じゃあ小宵ちゃん、早速行こうか」
「あ、はい」
俺の言葉にニコッと笑って頷く小宵ちゃん。
心なしか、初めて会った時よりも表情が柔らかくなった気がした。
さて、かくして俺と小宵ちゃんは岩山店長の元へ向かう事になったんだけど、果たして無事に愛の雫を取り戻す事ができるんだろうか?
第三話に続く。




