12 積もる話
案内された孝さんの部屋は、俺の予想に反して極めて質素なレイアウトだった。
六畳程の広さの部屋に、ベッドと勉強机と小さなテーブルがひとつ。
後はクローゼットと本棚くらい。
それは大金持ちのおぼっちゃまの部屋とは程遠く、まるで学生の一人暮らしのそれのようだった。
「だだっぴろい部屋は好きじゃなくてね。このくらいの広さの方が使い勝手がいいんだよ。
ま、適当にそのベッドにでも座ってよ」
孝さんはそう言いながら勉強机の椅子に腰かける。
なので俺は遠慮なくベッドの上に座った。
「じゃあまず、自己紹介といこう」
孝さんは薄い笑みを浮かべて言った。
「僕の名前は王本孝。王本家の一人息子にして跡取りだ。よろしく。で、僕の知り合いである君の名前は?」
「あ、俺は稲橋聖吾っていいます。沢凪荘っていうアパートに住む高校一年です」
するとその時、俺の『沢凪荘』という言葉に孝さんの眉がピクンと動いた。
「沢凪荘?という事は、君は沙穂さんのアパートの住人なのか。沙穂さんは元気かい?」
「とても元気ですよ。毎日エロい妄想ばっかりしてますけど」
「ハハハ、今も全然変わってないんだね。ちょっと安心したよ」
「安心していいんですか?」
「それじゃあ君が、沙穂さんの返事をわざわざ伝えに来てくれたのかい?」
「いえ、違います。沙穂さんの返事はありませんという事を、あなたに伝えに来ました」
「何だって?」
俺の言葉に眉をひそめる孝さん。
その時部屋のドアがコンコンとノックされ、ティーセットを乗せたお盆を持った小宵ちゃんが、
「お茶をお持ちしました」
と言いながら入って来た。
するとその小宵ちゃんに、孝さんはやや語気を強くして言った。
「小宵、沙穂さんに言伝の返事をもらえなかったというのは本当か?」
「あ、はい・・・・・・」
孝さんの言葉に、小宵ちゃんは気まずそうに頷く。
すると孝さんは立ち上がって声を荒げた。
「どうしてだ⁉返事がもらえるまでは帰って来なくていいと言ったはずだ!」
「も、申し訳ありません・・・・・・」
小宵ちゃんはそう言って身を縮める。
そこにすかさず俺が口を挟んだ。
「小宵ちゃんはあなたの言いつけを無視してここに戻って来た訳じゃありません。
これ以上沢凪荘に居ても、沙穂さんからは返事をもらえないと判断したから戻って来たんです」
「何だって?それはつまり、沙穂さんが僕に返事をする事自体を拒否したという事なのか?」
「それも違います。沙穂さんはそもそも何に対して返事をすればいいのかが分からなかった。
だから返事のしようがなかったんです」
「そ、そんなバカな⁉そんな事、あるはずがない!」
「でもあなたは小宵ちゃんに
『返事を聞いて来い』
と言っただけで、何に対しての返事なのかは伝えてなかったんでしょう?
これじゃあ返事をもらえなくても当然だと思いますけど」
「だが沙穂さんならそれでも充分分かるはずだ!あんな大切な事を忘れるはずがない!」
「でも実際に思い出せないから、小宵ちゃんはこうして戻って来たんです。
で、俺が沙穂さんの代理でその事を説明しに来ました」
「そ、そんな・・・・・・」
孝さんはそう呟くと、力なく椅子に座りこんだ。
そんな孝さんに俺はこう続けた。
「あなたは沙穂さんに、何を聞きたかったんですか?」
「それは──────」
と、孝さんが言いかけた時、
「待ってください!」
と、小宵ちゃんが珍しく大きな声を上げた。
そして素早く踵を返し、部屋の扉をバン!と開け放った。
するとそこに聞き耳を立てた数人のメイド達が居て、小宵ちゃんが扉を開け放った途端に一目散に散って行った。




