8 小宵の身の上
「あの、本当に申し訳ありません」
翌日、京都へ向かう特急列車の中で、小宵ちゃんは本当に申し訳なさそうな口調で言った。
その小宵ちゃんと向かい合って座席に座っている俺は、人生に疲れ切った笑みを浮かべながらこう返す。
「いや、小宵ちゃんが謝る事はないよ。本当に嫌なら俺はここに来てないし」
すると、小宵ちゃんはおずおずとした口調で俺に尋ねる。
「あの、聖吾様と美鈴お嬢様は、あまり仲がよくないんですか?」
「う~ん、まあ、仲が悪いって訳じゃあねぇとは思うんだけど、何か顔を合わすといつも喧嘩になっちゃうんだよなぁ」
「仲が悪くないのにですか?」
「そう」
「何か、複雑な御関係なんですね・・・・・・」
「そうなんだよ・・・・・・」
シミジミと言う小宵ちゃんに、俺もシミジミと答えた。
「ところで、小宵ちゃんはどうしてまだ十四歳なのにメイドとかやってるの?学校は?」
このまま美鈴の話を続けても気が重くなるだけなので、俺は話題を変えた。
それに対して小宵ちゃんは少し沈んだ口調になって言った。
「実は私、家族が居ないんです」
「えっ⁉そ、そうなの⁉」
驚きの声を上げる俺に、小宵ちゃんは沈んだ口調のまま続けた。
「はい。両親は私が中学に上がった頃に、私を置いて夜逃げをしてしまいました。
それまで父が経営していた建設会社が倒産してしまい、その時抱えていた借金を返せなくなってしまったんです。
その時お金を借りていた相手がとても怖い人達で、私はその人達に借金の肩代わりとして引き取られる事になりました。
本来なら私はそのまま海外に売り飛ばされる所だったのですが、そんな時に私を助けてくれたのが、元々父の会社と取引があった、
王本グループの旦那様だったんです」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
「王本の旦那様は両親が残した借金を全額肩代わりしてくださり、天涯孤独となった私を旦那様のお屋敷で働かせてくれると言ってくださいました。
それ以来私は、王本家のお屋敷でメイドとして働くようになったのです」
「へ、へぇ~・・・・・・」
何か、あまりに壮絶な人生に、俺はそう答えるのが精一杯だった。
こんなに幼くしてそんなに辛い体験をしていたなんて・・・・・・。
これは悪い事を聞いちゃったな。そう思った俺は小宵ちゃんに頭を下げて言った。
「ごめん、辛い事思い出させちゃって」
しかし小宵ちゃんは首を横に振ってこう答える。
「いいんです。王本の旦那様はとてもよくしてくださいますし、私、今の仕事に誇りを持っていますから」
そう言って小宵ちゃんはようやくニッコリと笑った。
その笑顔に裏が無い事は俺でも分かった。
小宵ちゃんは今の生活が本当に幸せだと感じているのだ。
何て言うか、本当に健気だなぁ。
シミジミそう思いながら、俺はこう続けた。
「で、その王本家のおぼっちゃまってどんな人なの?」
それに対して小宵ちゃんは、一転して明るい口調になって言った。
「私が言うのもおこがましいかもしれませんが、とても純粋で優しい方です」
「へぇ、そうなんだ」
「天涯孤独の私の事を人一倍気にかけてくださって、仕事で失敗してメイド長に叱られた時等は、後で励ましてくださったり」
「いい人なんだね」
「はい。今私がこうして頑張っていられるのは、旦那様と孝おぼっちゃまのおかげです」
「ふ~ん」
純粋で優しい孝おぼっちゃまか。
小宵ちゃんがそう言うんだから、きっとそういう人なんだろう。
そんな孝おぼっちゃまが沙穂さんに一体何の言伝があったのか?
俺は少しだけ興味が湧いてきたのであった。




