7 あの時のお返事
沢凪荘の食堂に通された小宵ちゃんは、ちゃぶ台の前にちょこんと正座をし、緊張した面持ちで身を縮めている。
そんな小宵ちゃんの正面に沙穂さんが座り、その二人を俺、美鈴、矢代先輩が傍らで見守る。
が、やはり緊張しているせいか、小宵ちゃんは一向に口を開こうとしないので、俺がまず口を開いた。
「え~と、沙穂さんは彼女のお知り合いなんですか?」
それに対して沙穂さんは、首を横に振ってこう答えた。
「いいえ、初対面よ。でもこの子が着ているメイド服はよく知っているわ。
だけどそれよりまず、あなたのお名前を教えてもらえるかしら?」
沙穂さんがニッコリほほ笑んでそう言うと、小宵ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、震える声で言った。
「わ、私、王本家のお屋敷でメイドとして働いている、水森小宵といいます。
あの、今日は、以前王本家でメイドをされていた伊能沙穂様に、言伝があって参りました」
「えっ?」
「沙穂さんって、前はメイドさんだったんですか?」
驚きの声を上げる矢代先輩と美鈴に、沙穂さんは笑みを浮かべたままこう答える。
「そうよ。私もここで管理人をする前は、この小宵ちゃんと同じお屋敷でメイドとして働いていたの。
小宵ちゃんは王本家のお屋敷で働くようになってどれくらいになるの?」
「い、一年くらいです・・・・・・」
「そう。旦那様はお元気?」
「はい、とてもお元気です。あの、沙穂様の事は、旦那様からよくお聞きしております。
とても頭の良い、優秀なメイドだったと」
「へぇ~っ」
「凄いですね沙穂さん」
小宵ちゃんの言葉を聞き、感嘆の声を上げる俺達。
沙穂さんも満更でもなさそうな表情で
「うふふ♡」
と笑っている。
すると小宵ちゃんがさっきよりもやや声を小さくしてこう付け加えた。
「ただ、いつもおかしな妄想をしたり、他のメイドさん達にエッチなイタズラをしたりして大変だったと・・・・・・」
「あ~・・・・・・」
「なるほど・・・・・」
小宵ちゃんの言葉に心から納得する俺達。
どうやら沙穂さんは、今も昔も変わらない生き方をしているようだ。
すると当の沙穂さんは、そんな事には構う様子もなく(むしろ嬉しそうに)ニッコリ笑い、小宵ちゃんにこう続けた。
「懐かしい話ねぇ。それで、私に言伝というのはどなたから?」
「あ、はい。孝おぼっちゃまから」
「孝おぼっちゃまも懐かしいわ。確か今年で十八歳になるのよね?」
「はい、そうです」
「その孝おぼっちゃまが、私に何の言伝を?」
沙穂さんの問いかけに、小宵ちゃんは一旦間を置いた。
この子はこれを伝えるために遠路はるばるここまでやって来たのだ。
その言伝とは何なのか?
沙穂さん以外の面々も、小宵ちゃんの次の言葉に耳をすませた。
そんな中小宵ちゃんは、真剣な目で沙穂さんを見つめてこう言った。
「『あの時の返事を聞かせてほしい』との事です」
「あの時の・・・・・・」
「返事?」
小宵ちゃんの言葉に、矢代先輩と美鈴が声を上げる。
はて?
あの時の返事とは一体何なのだろう?
俺達は一様に沙穂さんに注目した。
すると沙穂さんは、首をかしげながらこう言った。
「あの時の返事って、どの時の返事かしら?」
んん?
もしかして沙穂さんにも心当たりはないのか?
俺達は小宵ちゃんに注目する。
すると小宵ちゃんも首をかしげながらこう言った。
「え~と、私はただこの事を伝えろと言われただけなので、それ以上の事は・・・・・・」
「沙穂さん、何か心当たりはないんですか?」
美鈴はそう問いかけたが、沙穂さんは首を横に振って肩をすくめた。
「孝おぼっちゃまは、そう言えば分かるはずだとおっしゃっていましたけど・・・・・・」
小宵ちゃんもそう続けたが、沙穂さんがそれについて何か思いだしそうな素振りはなかった。
するとそれを見た矢代先輩が、イタズラっぽい笑みを浮かべてこう言った。
「沙穂さんも物忘れが激しいお年頃になってきたんとちゃう?」
それを聞いた沙穂さんは、すかさず両手で矢代先輩のホッペをムニュッと挟み、笑顔ながらも黒いオーラを放ちながら言った。
「そんな悪口を言うのはこの口かしらぁ?これは今晩オシオキが必要かもねぇ」
「うぇ~ん、ご、ごめんなひゃ~い・・・・・・」
そう言いながらジタバタする矢代先輩。
すると小宵ちゃんが、悲しそうな声で口を挟んだ。
「あ、あのぉ、私、沙穂様にそのお返事をいただくまでは、屋敷に戻って来るなと言われているんです。
ですから何とか、思い出していただけないでしょうか・・・・・・」
それに対して沙穂さんは、困った顔でこう返す。
「う~ん、そうしてあげたいのは山々だけど、全然心当たりがないのよねぇ。
孝おぼっちゃまに返事しなければいけない事・・・・・・う~ん・・・・・・」
そして腕組みをして本格的に考え込んでしまった。
なので俺は軽い口調で、
「もうこの際、テキトーに返事しちゃえばいいんじゃないですか?」
と提案してみたが、
「そんなことして話が余計にややこしくなったらどうするのよ⁉」
と、美鈴に厳しくはねつけられてしまった。
こいつは今朝の出来事を未だに引きずっているようだ。
まあ、いつもの事だから気にしねぇけど。
一方小宵ちゃんは今にも泣き出しそうな塩梅だ。
極度の人見知りのこの子が一人でここまで来るだけでも大変だったろうに、あろう事か帰る事すらままならない状況になりそうなのだ。
ここは何とか沙穂さんに、言伝の返事の内容を思い出して欲しいところだったが、そんな沙穂さんの口から出た言葉はこれだった。
「ごめんなさい、やっぱり思い出せないわ・・・・・・」
それを聞いた小宵ちゃんは、
「そう、ですか・・・・・・」
と残念そうにつぶやき、目に大粒の涙をあふれさせた。
このままじゃあさっきみたいにまた泣き出しちまう。
と、思ったその時だった。
「いい事思いついた!」
と、手を叩いて声を上げたのは矢代先輩だった。
それに美鈴が目を丸くして問いかける。
「思いついたって、何をですか?」
すると矢代先輩はやにわに立ち上がって小宵ちゃんの元に歩み寄り、その華奢な体にガバッと抱きつきながら言った。
「沙穂さんが言伝の返事を思いだすまでの間、小宵ちゃんはここに住んだらええやんか!」
「ふ、ふぇえっ?」
突然の予期せぬ提案に、目をまん丸にする小宵ちゃん。
しかし沙穂さんも両手を合わせてこう言った。
「まあ♡それはとてもいい考えね♡屋敷に戻っちゃいけないなら、ここに住んじゃえばいいのよ♡」
どうやら沙穂さんも矢代先輩も本気で言っているようだ。しかし小宵ちゃんは両手をブンブン横に振りながらこう答える。
「そ、そんな事ダメですよっ」
「何でぇ?小宵ちゃんはウチらと一緒に住むのが嫌なん?」
不満そうな声を上げる矢代先輩。
小宵ちゃんはまた首を横に振ってこう続ける。
「そ、そういう事じゃなくて、私、ここで生活するための用具を持って来ていないし、泊めてもらうお金もありません・・・・・・」
「お金の事なんか心配しなくてもいいわ。自分の家だと思ってゆっくりしていってちょうだい♡」
「で、でも・・・・・・」
沙穂さんの言葉に小宵ちゃんは尚も浮かない顔をしたが、矢代先輩が明るい口調でこう続けた。
「ええからええから!着替えはウチのを貸してあげるし、せっかく来たんやからもうちょっとここに居ろうよぉ。ねぇお兄ちゃん、みっちゃん」
「ええ、いいんじゃないですか?」
「私も別に構わないですよ」
矢代先輩の問いかけに、俺と美鈴はそう答える。
すると小宵ちゃんは暫く考え込んだ後、呟くようにこう言った。
「じゃあ、沙穂様が言伝のお返事を思いだすまでの間だけ、お世話になります」
それと同時に矢代先輩が、
「ぃやったーっ!」
と声を上げ、再び小宵ちゃんに抱きつきながらこう言った。
「これからよろしくね、小宵ちゃん♡」
それに対して小宵ちゃんは、照れくさそうにこう返す。
「よ、よろしくお願いします」
どうやら矢代先輩は、小宵ちゃんの事を大層気に入ったらしい。
小宵ちゃんも矢代先輩と同じくらい小柄なので、親近感を覚えたのだろうか?
するとそんな二人の様子を眺めながら、沙穂さんがボソッと呟いた。
「うふふ♡これで沢凪荘での生活が益々(ますます)楽しくなるわね♡」
この人の言う『楽しい』は、イコール『エロい』という事がほとんどだが、この人はちゃんと言伝の返事を思い出す気はあるのだろうか?
まさかこのままずっと小宵ちゃんを、この沢凪荘に住まわせる気じゃないだろうな?
まあともかく、短期間(?)だが沢凪荘に新たな住人が加わる事になった。
さて、この先どうなる事やら。




