兄が婚約破棄して自爆した。原因は俺ですが、その話は墓場の下まで持って行きます
主人公の一人語りメイン。断罪劇はナレ死でございます。
※性的に不快な表現があります。その手の話が嫌いな方はご注意ください。
「エリー、侯爵家の夜会に招待されているんだが、君を連れて行きたい。一緒に来てくれるかな」
「まあ殿下、私でよろしいのですか?」
「ああ、是非君をエスコートさせてほしい」
「うれしいです。あ、でも侯爵家の夜会に出れるようなドレスもアクセサリーもありませんわ」
「心配するな。君に似合う物をいくらでも用意しよう」
「まあ嬉しい。愛してますわ殿下」
(人目も憚らずよくもまあイチャイチャできるものだ……)
学園の中庭にあるガゼボで愛を語らう二人の男女。
男の方は王国の第一王子エリック、俺の兄。女の方は子爵令嬢のエリー、俺の昔の彼女だ。
そして物陰から二人の様子を窺っている俺は第二王子のクリフォード。兄に女を寝取られた残念な弟と呼ばれている。
俺たち兄弟は生まれながらに差を付けられて育てられた。
侯爵家出身の正室の子として、小さい頃から次期国王として育てられた兄。
男爵家出身の妾妃の子として、何の期待も持たれず放置されていた俺。
皆の兄への接し方を見れば差があることは一目瞭然。何に付けても兄優先の生活だった。
どうせ次の国王は兄なんだと思ってはいたが、それでも万が一のスペアという認識はあったので、腐らずに俺は頑張ったと思う。
放置と言っても平民と比べれば雲泥の差はあるわけで、望めば色々なものは手に入るから、小さい頃から学問も修めたし、剣術なんかも一生懸命訓練した。
だが、兄が婚約してからそんな毎日も終わった。
王国一の貴族である公爵家の令嬢で、俺たち兄弟の幼馴染でもあるエメラルダ嬢、俺は昔からエメ姉と呼んでいるのでそう呼ぶが、エメ姉が婚約者となったことで、兄の地位は盤石なものとなった。
母の実家である侯爵家、婚約者の実家である公爵家、二家の有力貴族の後ろ盾を得たことで兄の地位は約束され、それは俺のスペアとしての役割が半ば終わったことを意味する。
それからは今まで以上に自由に生きることを許されたので、広く市井を知ろうと平民や下位貴族の知己を増やしていった。
そんなときに知り合ったのがエリーだ。
エリーは子爵と平民の妾の子。元は母と平民暮らしだったが、美少女との評判を聞きつけた子爵によって学園入学前に子爵家に引き取られた。
平民暮らしが長く、貴族のマナーに疎い彼女とは最初は距離感があったが、ふとしたきっかけで仲良くなってから、恋仲になるのはそう時間はかからなかった。
王子と子爵令嬢という身分差ではあったが、既に王位は見込めない身であったし、自由な恋愛とやらを楽しみたかったので、随分と仲良くしていたと思う。
でも、そんな幸せも長くはなかった。半年前に兄に彼女を寝取られてしまったのだ。
「よおクリフ、お前の彼女、エリー嬢だっけか? アイツいい女だな」
「ご冗談を。兄上こそお綺麗な女性を何人も侍らせているではありませんか」
「いやいや、エリーは別格だ。あの女は具合がいい」
兄に突然そんなことを言われた。
「どういうことですか兄上!」
兄は俺がエリーと付き合っているのを聞き、女に興味のなさそうなあの弟が、どんな女とつきあっているのかと見てみれば、相手は極上の美少女。これは味見しないといけないなと、ゲスな思いから声をかければ、ホイホイ付いてくるから一夜を共にしたと言う。
「エリーがな、お前より俺の方が気持ちいいって言ってたぞ。恨むなら自分の下手くそ加減を恨むんだな」
兄は王として国を治めるに如才ない。まあだからこそ俺を王位継承者にと言う声が出なかったわけだが、唯一の欠点が女癖が悪いことで、学園に入学する15才の頃には、すでに抱いた女の数は数えきれず、それ以降もエメ姉以外の女を取っ替え引っ替えであった。
それでも悪評があまり立たなかったのは、兄自身が遊びだと弁え、相手の女にもそれを言い含めていたので、大きなトラブルに発展することがなく、大人達も困ったものだと言いながら「英雄色を好む」とか、「若気の至り」とかもっともらしい理由を付けて目こぼししていたのも大きい。
俺には関係のない話だと思っていたが、まさか弟の彼女にまで手を出すとは思わず、この時ばかりは兄の下半身のだらしなさを恨んだ。
そして、それから間もなく、エリーが俺と別れたいと言ってきた。
曰く、兄に見初められて是非にと言われた。俺より兄と一緒にいる方が楽しいし、将来は安泰だからとあっさりフラレたのだ。
そのとき俺は心がスッと冷め、冷静になるとよく分かった。この女は男を地位と金で判断するのだと。
最初に接触してきたときから男の気を惹くのが上手かった事をふと思い出し、初めての恋愛で浮かれていた自分の馬鹿さ加減をとても悔やんだ。
彼女が子爵家に引き取られた一番の目的は、いいところのボンボンを捕まえることにあったのだ。
第二王子である俺を捕まえた手練手管で、すでに体の関係を持った第一王子、つまり次期国王も落とせる。そうなれば将来お妃も夢ではないという打算があったのだと思う。
ちなみにこの時点で俺はエリーと体の関係は無い。
にもかかわらず、俺に抱かれるより兄の方がいいなどと嘘を付いてまで、兄に取り入りたいと思う阿婆擦れなど御免被ると、関係はここで終わった。
それからの日々は苦痛だった。
失恋の痛手を忘れるかのように勉学に励む姿を、周囲の者は兄に女を寝取られた男と憐れみの目で見ているが、元々期待なんかされていなかった俺には、それはどうでもいいことだった。
苦痛の原因は、エメ姉を蔑ろにする兄の所行である。
女は遊びと割り切っていた兄だったが、エリーに関しては今までに無いくらいの執着を見せた。
彼女を捨てて俺と元サヤになるのが嫌だったのか、はたまた兄が言っていたように、余程具合がよろしかったためかは分からないが、これまでの女には見せなかった寵愛ぶりだ。
どこに行くにも彼女を連れ、見せつけるようにイチャイチャするし、ねだられるまま高価な贈り物を次々と贈っているらしい。
行きすぎた寵愛に、普通なら将来側近となるご令息達が苦言を呈すかと思えば、彼らも一緒になってエリーを寵愛している。おそらく、具合のいいそれで彼らも落としたのだろう。
側近達が役に立たないのであれば、婚約者であるエメ姉が言うしかない。
これまでは遊びと割り切っていたからこそ、程々にしなさいと言った程度のお小言であったが、本気とも取れる寵愛ぶりに激しく苦言を呈すようになった。
それを兄は、自分を奪われた嫉妬と取り合わないばかりか、最近エリーが嫌がらせを受けるようになったのは、お前が仕向けているのだろうとエメ姉を糾弾し、二人の関係が最悪なものに至ると、学園全体もそれに合わせるかのように、男子と女子の関係が険悪なものになっていった。
女子から見れば、エリーは風紀を乱す不届き者。そんな彼女達を男子はエリーを虐める醜悪な女と見るので、仲が悪くなるのも当然だが、これに一番心を痛めたのがエメ姉なのだ。
彼女は学園内の女子で一番高位の者。自分が不甲斐ないせいで兄を止められないが故に、みんなに迷惑がかかっていると気にして、随分とやつれてしまった。
俺もエメ姉を見かけたときには、自分がエリーを引き止められなかったのが元々の原因だと謝ったが、クリフォード殿下のせいではありませんよと力なく微笑まれては、申し訳なく思った。
そして、最悪の事態は起こった。
学園の卒業パーティーの席で、兄や令息達が婚約破棄を宣言した……らしい。
破棄の理由は、エメ姉たちがエリーをイジメまくって、ついには命の危険もある事案が発生したということで、婚約の継続は出来ないと言った……らしい。
らしいらしいと言っているのは、俺は卒業生ではないので、その場にいなくて人伝に聞いたからだ。
で、それに対してエメ姉たちは冤罪の証拠、及び兄の浮気の証拠や、エリーが他の令息とも懇ろになっている証拠、それに貢ぎ物のために国庫やそれぞれの家の財産から不正に金を捻出した証拠なんかを次々に提出し、兄の側近の中でエリーに靡かず、ずっと苦言を呈し続けた何人かのご令息の証言もあって、逆に兄達が断罪されるに至ったそうだ。
兄は王命による婚約を勝手に破棄した罪、及び不正会計などの罪で王位継承権剥奪となり、俺が王太子となってしまった。
今日は王太子となって初めての公務、エメ姉との会見だ。
「クリフォード殿下。まずは立太子お慶び申し上げます」
「喜ぶべきなのかなあ……まさか王太子になるとは思いませんでした」
俺の言に、エメ姉が「昔から王になるのは兄上だからとよく仰ってましたわね」とクスクス笑うが、その後に「でも……」と真剣な表情で言葉を続ける。
「それならばなぜそのような証拠を私に預けたのですか? 殿下が何も言わなければ、あの場で私どもは断罪され、エリック様が王太子となったはずです」
そう、あの断罪劇でエメ姉たちが提示した証拠は全て俺が揃えたものなのだ。
「国王になるのはイヤだけど、エメ姉が悲しむのはもっとイヤだったから……」
昔から兄と比べておざなりだった俺。当然家臣や使用人達も最低限の礼はあったが、扱いは冷たいものだった。
そんな中、エメ姉だけは俺のことを大事にしてくれた。兄とは話が合わなかったようだが、俺は才気あふれる彼女の話を聞くのが好きだったし、エメ姉も俺を実の弟のように可愛がってくれたので、俺と会うのは兄のついでだと分かっていても、次に会えるのはいつかなと楽しみだった。
そんな想いが恋だと気づいたのは、兄との婚約が決まってから。
あのときの喪失感、王家にとって喜ばしい話なのに、素直にお祝いすることが出来なかったもどかしさ。数少ない希望の光が一瞬で失われたようにすら感じた。
市井の者と交流するようになったのは、半ば自棄になっていたこともあったのかもしれない。
今まで知らなかった世界を見れば新しい出会いがあるかもと、行った先で出会ったのがエリーだった。
彼女は俺に好意を寄せて色々尽くしてくれた。今思えばそれはただの打算だったが、それでもあのときは嬉しかったし、エメ姉への想いを断ち切るためにも彼女を愛そうと努力した。
だが、そんな想いを兄がぶち壊してくれたばかりか、エメ姉を悲しませるような事態に発展してしまった。それが許せず、兄の所行を詳らかに調べ上げ、いざというときの証拠としてエメ姉に託したのだ。
「俺が不甲斐ないばかりに、エメ姉を悲しませることになっちゃったから……」
「私のためにそこまで……そのせいでなりたくもない王太子になったの……」
「エメ姉のためだもの。……もし、イヤじゃなかったら、俺の婚約者として側で支えてくれないかな」
「私で……いいの?」
「今更他に王太子妃に相応しい人なんかいない。俺はエメ姉に側にいて欲しい」
「分かりました。ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします」
「エメ姉、ありがとう」
「ふふ、これからは婚約者なんだから姉呼びはダメよ」
「それもそうか。ではエメラルダ、末永くよろしく」
ガラではないが、ここは格好良く決めないとと、涙を流しながら笑うエメラルダの手をそっと取り、キスをした。
俺の初恋は成就した。
と聞くと、なすがまま、されるがままの弟が愛する人の苦境を見て立ち上がった美談とか、単純におバカな兄が自爆して棚ぼたで運が良かったなと思うかもしれないが、ホントは違う。
だってそうなるように俺が仕向けたんだもん。
エリーにフラレたとき、俺はこう言ってやった。
「君ほどの美人なら、王妃にだってなれるよ」と。
そして、一度は愛した女だ、幸せになれるよう協力するよと申し出て、兄が好みそうな女性の仕草、言動を教えてやった。
最初はただの意趣返しのつもりだった。
どうせこの女も、いつもどおり兄に弄ばれてそのうち捨てられるだけだと思ったので、折角なら手酷く捨てられてしまえと、愛が重すぎる女を演じさせた。
それで捨てられたなら、妾として拾い直してやるつもりだった。
打算で生きてる女だからこそ、それに見合うものを与えられれば尽くしてくれるし、兄に捨てられて行き場を無くせば、恩に着るだろうとの思惑もあった。
だがこちらの予想を上回り、兄はエリーにどんどんのめり込んでいくと、周囲のヘイトが彼女に向くようになり、また俺に相談に来た。
このあたりから、復讐の対象をエリー個人から兄にも向けるように変わっていき、そのための作戦として、まずは兄に仕える令息達も取り込めとアドバイスした。
そして取り込む相手を選べと、令息達の中でもあまり出来が良くなくて兄に同調しそうな奴を、コイツ達なら落とせるぞと、親切心を装って教えてやったのさ。
無関係な奴を巻き込むな? 悪いのは王子が寵愛する女に手を出した方だ。マトモな神経していれば拒絶するはずだろ。だからこそ、そうなりそうな奴をピックアップして勧めてやったんだ。
そして、彼女は上手く令息達を取り込むことにも成功した。その手練手管が見事なことも要因だったが、お陰様で今度は令嬢達の嫌がらせが発生しだした。
さすがにこの時は心が痛んだ。学園内の男女が険悪になって、エメ姉が責任を感じているのを知っていたから。
イジメだって、実際にはエメ姉とは関係ないご令嬢達の仕業だと分かっていた。
だが、ここまで来て後戻りは出来ない。破滅まで追い込んでやろうと、イジメはエメラルダとその取り巻きが嫉妬に狂ったせいだと、兄に訴えろと吹き込んだ。
相手は公爵令嬢だから、兄でもそう簡単に対処は出来ないが、君が訴え続ければ、君にわるいようにはならないよと囁くと、これまで俺と信頼関係を築けていると勝手に思っている彼女は、兄に有ること無いこと散々吹き込んだらしい。
それからもしばしばあの女の相談に乗ったフリをして、色々と話を聞くことが出来たので、兄達の悪行の証拠を掴むのに苦労はしなかった。
だが、これだけではエメ姉を守るのに不安があった俺は、兄の側近のうち、諫言したせいで疎まれ遠ざけられていた者を、こちらの味方に引き込むよう説得した。
彼らは側近の中でも有能な人物なので、俺がエリーの色仕掛け候補から態と外していた。
そのため彼らはエリーと懇ろになる兄達に不信感を抱き、自分達の諫言を退けられ、疎まれるに至って、兄を見限り俺の味方に付いてくれた。
後は俺があまり手を下すこともなく、勝手に話が大きくなって、あの断罪劇につながったのだ。
有り余る証拠、味方に付けた令息がエメ姉達を擁護してくれていた事もあって、断罪劇は失敗。今に至っている。
エリーは馬鹿だよな。俺を捕まえた時点で満足しておけば良かったものを、身の程も弁えず王妃を狙うなんてな。
お前じゃエメ姉に勝てるわけないのに。
兄上も馬鹿だよな。程々にしておけば次期国王の座は安泰だったのに、弟の女にまで手を出すからこんなことになるんだよ。
エメ姉よりいい女なんかいるわけないのに。
そして、俺も馬鹿だよな。勝手に諦めて、勝手に絶望して、自分の復讐のために愛した女を悲しませるようなマネしてな。
でも、もう過去を振り返る必要はない。
国王になるなんて想像もしなかったけど、エメ姉が一緒ならやっていけると思う。
この先、エメ姉を幸せに出来るのは俺だけなんだ。
ここまで来るのに何があったのかは彼女が知る必要はない。
誰にも知られぬよう、この話は墓場の下まで持って行く。
お読みいただきありがとうございました。
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